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ジッチャンの名にかけて。
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1-2 「知らなかったじゃ済まされない」

メキシコシティ ( メキシコ)
メキシコシティには有名な日本人宿 「ペンションアミーゴ」 がある。

そのすぐ近くに、「カサ・デ・ロス・アミーゴス」 という、バッタもんみたいな名の安宿があった。
英語のガイドブック 「ロンリープラネット」 でも一番に載っている宿で、こちらは白人経営。
どっちがパクったんだかわからないが、
メキシコといえばアミーゴというネーミングセンスは、白人も日本人も共通しているみたいだ。

わしは敢えて、白人の方のアミーゴに泊まることにした。
別に日本人がキライなわけではない。むしろスキよ。
ただ、語学力が全然足りていない今のわしにとっては、
日本語にいつでも逃げられる環境より、無理矢理にでも外国語を話す事の方が大事だった。

語学留学をする人も、似たような葛藤に悩まされるだろう。
どうするのがベストかは 「人による」 としか言えないが、
少なくともわしには、日本人とベタベタくっついて歩くのは、得なこととは思えなかったのだ。



幸い白人アミーゴもドミトリーという相部屋があり、
同じ部屋になった者同士は、自然と会話をしたり、一緒にどこか出かけるようになる。
その日はイタリア人とドイツ人、3人で夜メシを食いに行った。
お互い英語が共通語。つたないながらも、わしは会話を上達させようと必死だった。

仲良くなるには、酒を飲むのが一番いい。
わしらは帰り道にコンビニでビールを買い、公園のベンチで飲み始めた。

メキシコシティにはバーやディスコが死ぬほどあって飲む場所には困らないが、
どこへ行ってもBGMがガンガンにかかっていて、とても聞き取れる状況ではなかった。
ここなら静かにトークを楽しめる。
うまい具合に会話は弾んで、気が付いたら足元には10本近いコロナの空き瓶が転がっていた。



「ヘイ」


遠くでちょっと大きめの声がしたが、わしらは完全にシカトして話をしていた。


「ヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイ!!」


学園天国かよ。
おや?どうやら我々に向かって言っているみたいだ。


よく見ると、声の主は警察官の格好をしている。

「ここで何をしている。」

わしにもわかるスペイン語で、警官はニコリともせずたずねてきた。

わずかな例外を除いて、メキシコおよび中南米の言語は全てスペイン語だ。
そのことは知っていたので、わしは出発前から基本会話集を一通り読んでいた。
今後一番お世話になる予定のスペイン語。
これは上達のチャンス!! と思い、がんばって進行形を取り入れた文で答えてみる。

「エスタモス・ビビエンド・ラ・セルベッサ (私たちはビールを飲んでいます)」


・・・
わしは近所のおっさんに 
「何やってんだ?」 と訊かれて、
「息してんだ。」 と答えるような小学生だった。

このときも、半ば警官を小バカにしたニュアンスを含んで
「見りゃわかんだろ」
的な意味で答えたつもりだった。
ところが、警官は 「そうか。」 と言った後、パトカーに乗っていた仲間を呼んだ。


「じゃ、逮捕だな。」


何ィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィl!!


あまりの展開に、3人とも呆気にとられて顔を見合わせる。
そんな法律あんのかよ?
知っている者は誰も居ないが、今ので「自白」 とみなされたらしい。おいおい。



「じゃーまず、パスポートを見せなさい。」

警官Bが逆サイドについて、挟まれた。もう公務執行が始まっている。
本当なら、更にマズイことだ。
パスポートは宿のセイフティに預けてある!!


海外旅行のマニュアル本なんかだと、
「パスポートは常に持ち歩くように」 と書いてあるものも多い。
だがそれは国によりけりで、
中南米のように強盗に金品を奪われるリスクの多い地域では、
パスポートはホテルに置いて出かけるのが常識なのだ。


「・・・ない。」


警官の目がギラリとイヤな光りかたをする。
脂っこいものを食った時の唇のような、ねっとりと濃厚な輝きだ。


「じゃあ罰金だ。1人100ドル。」


急にカタコトの英語になって、警官は言った。
罰金?何に対して?パスポート持ってないと罰金なのか?ビールは何??

例えば日本で交通違反をすると、切符を切られて警察署に「あとで」罰金を納めに行く。
しかし、この警官は自分たちに払えみたいな感じでまくし立てている。

カネの話が出ると、途端に胡散臭いニオイがプンプンしてくる。
ほほう、これが噂のニセ警官?
いや、パトカーまであるから悪徳警官かい?
いずれにせよ、こうなるとビールを公園で飲んだらイカンというのも、ホントかどうか疑わしい。


英語で相談するワケにもいかないので、
わしらは目でお互いの意志を確認しながら、探り探り何を言うべきか考えた。
偶然にも三人で、日独伊三国同盟じゃん。
どうでもいいことで微妙に嬉しくなるが、今はそれどころではない。



「カネも持ってないよ。 パスポートも全部宿にあるから連れていってよ。」


ムッソリーニが言う。さすがは独裁者、なかなかうまい提案だ。
こうすることで交渉は宿のスタッフに預けられるかもしれないし、ついでにタダで送ってもらえる。


ゴタゴタやっているうちに、周りには少しずつヤジ馬が集まり始めていた。
メキシコシティは大都会だが、こういう揉め事に無関心な人間はほとんど居ない。

乗れ、という感じで警官はパトカーの方を指さす。
宿まで連れて行かれるのだと思い、わしらは言われるまま乗り込んだ。



このとき気づくべきだったのだが、ヤツらは明らかに人目を避けた。
わしらが犯罪者なんだったら、堂々と罰金でも何でも取りゃあイイのだ。
それをしないということは・・・。


思ったとおり、行き先は宿ではなかった。
見た事もない路地裏で、突然パトカーが停止する。

「じゃカネ。」

場所が変わっただけで、また同じ会話が始まった。

「100ドルないなら持ってるだけでいい。」

電器屋じゃねえんだから、持ってないからって罰金が安くなるのか?
これはもう決定。奴らは旅行者にイチャモンをつけて小遣い稼ぎをするのが日課なのだ。
この腐れ警官が・・・いたいけな旅行者から日常的に巻き上げていやがるのだろう。
そう思うとハラが立って、絶対に払うものかと決意する。
財布には20ドルくらいはあったが、貴様らにやるならケツでも拭いたるわい。


「オマエたちは犯罪を犯したんだぞ。罰金だろうが!! 払えないなら監獄にブチ込むぞ!!」


「やってみろやあ!!」


手錠をかけてみろと両手を悪徳警官の顔の前に突き出して、こっちも強気だ。
小遣い稼ぎが目的なら、逮捕なんかするわけがない。
そんなに悪いことをした覚えもないし、捕まればそれはそれでネタになる。


「いや、ジェイル(監獄)はいま満員なんだ。だから罰金で済ませてやろうと・・・」


わしらの反応が予想外だったのか、警官は隠そうともせずあからさまにうろたえ始めた。
意外と弱いやつだ。勝ち目を見出したわしら3人は調子に乗って、
ゾンビのように両腕を差し出しながら警官に詰め寄り、「捕まえろよ、ホラ」 と連呼する。
ドイツ語にイタリア語、わしも日本語だ。
もはや何の言い争いなのか、ハタから見たら誰にもわからなくなっている。


「もういいキサマら、降りろ!!」


あきらめたのか、あるいは飽きたのか、警官は何事かをスペイン語で吐き捨てて去っていった。
英語でちょぴっと 「ファック」 的な単語も混ぜていたみたいだが、
その最後の抵抗みたいなチンケな「口撃」が、ちょっとかわいいとさえ思えた。


「勝った・・・」


闇夜に消え去るテールランプを見送って、わしらは握手をし、難敵を退けた喜びを分かち合った。
時代を経て敗戦国が一矢報いた歴史的瞬間。
そのことを英語で説明する能力はなかったので、一人で気づいて一人で苦笑した。


勝利の余韻を一瞬で醒ましたのは、ヒトラーの一言だった。
「ところで、ここどこだ?」


既に深夜1時。
通行人もほぼ消え去った町の果てから宿に戻れたのは、それから3時間後の話である。




あとで聞いた話だが、メキシコシティでは路上での飲酒は本当に違法らしい。
町にはビンをグビグビやっているおっさんがたくさん居るのだが、
言われてみればみんな紙袋でカバーがしてあって、
見た目では何を飲んでんだかわからないようにしてあった。


そこまでして野外で飲む意味もわからんが・・・
・・・てことは、あの警官は完璧に正しかったんじゃないの?
3人がかりだったとはいえ、知っていたらあそこまで強気には出られなかっただろう。
いやはや、無知というのは恐ろしいものだ。


それ以上に、
正当な理由があるのにゴネたら許されてしまうラテン社会のテキトー加減が、もっと恐ろしい。

1年どっぷり浸かったら、どれだけアバウトな人間が完成するのだろう。
帰って日本社会に馴染めないことは確実。
そう思うと、自分が本格的にレールから外れたという実感がわいて、ビールが飲みたくなった。


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