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ジッチャンの名にかけて。
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1-6 「幻の島」

カヨス・コチーノス ( ホンジュラス)

ラ・セイバで雨に呆然としている時、マリオというカナダ人から、こんな話を聞いた。




この近くに、 「幻の島」 と呼ばれる島があるんだ。
小さいけど、君が行こうとしているウティラ島より、もっとずっと美しい島さ。
名前は 「カヨス・コチーノス(ブタ諸島)」。
環境保護のために政府が圧力をかけて、外国のガイドブックには載らないようにしているんだ。
あそこに行かなけりゃ、ホンジュラスに来た意味はないぜ。




本当だとしたら、なんとも 「そそる」 情報である。 水曜スペシャルのようだ。
「伝説の」 とか 「幻の」 とか、男子はそういった枕コトバにすこぶる弱い。


確かに、持っていた 「地球の歩き方」 にも、そんな島のことは一言も書いていなかった。
ガイドブックの地図をくまなく探しても、やはりどこにも載っていない。


場所はマリオが知っているはずだが、
お金持ちのヤツはヨットでカリブ海を横断する途中で立ち寄っただけなので、
陸側からの行き方は知らない、という。


クイズだけ出して、正解はわからん、ってワケか。
この男が後味の悪い丸投げ行為をしやがるので、
わしはトルヒーリョに行ってからも、ずっとその島のことが気になっていた。




そんなにスゴイのか?
いや、寒いカナダの人間の感想だから、アテにはならんか。
いや、でも本当にスゴかったら、見ないワケにはいかないが。
早く次の国へも行きたいし、時間もあまりないし、ふむ・・・。




漢(おとこ)の哲学として、


「迷ったらやれ」


というのがある。


経験上、「やらなきゃよかった」 と思うことはほとんど無いし、
「やればよかった」 と後悔するのは、できるだけ避けたい。


というか、気になって気になって、
気が付けばわしの脳は、相当危険な状態まで、蝕(むしば)まれていた。
ボヘーと考えるあまり、トレードマークの帽子を失くしてしまう程だった。
この呪縛から逃れる方法は、実際に行く以外にない。


何度目の予定変更かわからんが、結局わしは 「幻の島」 を探すことにした。
ショボかったら、マリオ、コロス。



地元の人間なら知っているはず、と手当たり次第に訊いてみると、
名前は知っているが行き方は知らない、という話ばかり。


自信満々に 「知っている」 と答える人間も言うことがバラバラすぎて、
やれラ・セイバから船で行くんだ、いや飛行機だ、なんちゃらいう村から行くんだ、
どれを信じていいのか、さっぱりわからないのだ。


そもそも場所さえも 「この近く」 というだけで、正確なところは何もわからない。
さすがに幻といわれるだけはある。
今のところ 「行った」 という人間はマリオ1人。
ヤツがウソをついていると考えれば全て丸く収まりそうだったが、
それだとみんなが知っているのはおかしい。


ガイドブックに載らなくても、国内の地図とかには載っているかも。
そう思って宿とか旅行会社とか、
ホンジュラス製の地図が貼ってあればつぶさにチェックしてみたのだが、
どこにもお目当ての名前は見つからない。


もしかして名前を聞き間違えたか、あるいは、ハリケーンで島ごと消滅した・・・とか?


じゃあ昔の地図ならッ!!
ものすごい偶然だが、自分がガイドブックとは別に、
ホンジュラスの10年前の地図を持っていることを思い出した。
もう捨てるからと、他人からタダでもらったものだ。


その地図を慌てて取り出して広げてみると、なんと載っているではないか。
灯台もと暗しというか、結局地元の情報はクソの役にも立たなかったな。
あの時はこんな地図いらねえと思ったが、いや、どこで何が役に立つかわからんものだ。



とりあえず島の場所がわかっただけで、どうやって行くかはまだ不明だ。
陸地側でとにかく一番近そうな村をさがして、そこで船をなんとかしよう、という作戦に落ち着く。


行ける所までバスで行って、あとは当然のようにトラックをヒッチ。続いて徒歩。
今日はボランティアでも何でもないのに、やってることはほぼ同じだ。


狙いのヌエバ・アルメニアという村に着くと、今度は船探しが始まる。
その前に 「本当に島があるのか?」 の確認。
さすがに一番近くに住む村人たちだ。ココに来てようやく、島が実在することが判明した。


もちろん定期便などあるワケないのだが、
島に渡りたがっている東洋人がいる、という噂はアッちゅー間に広まり、
頼んでもいないのに、 「オレが船を出す」 という男が2人も現れた。
最悪、手漕ぎボートでも行ってやろうと思っていたが、エンジン付きのやつがあるらしい。


ほほう、2人も居るならディスカウント合戦でもさせようかな、と交渉を試みるが、
なぜか2人とも同じ値段から一歩も動こうとしない。


普通だったら相手より安くなっても 「仕事を受けること」 の方が優先だと思うのだが、
同じ村の住人同士しがらみがあるのか、コイツらにその理屈は通用しないようだ。


じゃあどっちでもいいや、と思ってテキトーに1人を指名したら、
出発の時になって、2人とも同じ船に乗り込んできた。


・・・何? これ。


売上げは二人で山分けらしい。
だったら選ばせんなよ・・・。



1時間ほど進んだところで、海のど真ん中に浮かぶ 「ブイ」 を発見した。
下に魚捕りの仕掛けでもあるのだろう。
船を接近させて、ロープを手繰り寄せる。
中身を確認すると、残念ながら収穫はなしだ。


まあそんな事もあるわな、と思っていると、
獲物ゼロがよほど気に入らなかったのか、いかにも名残惜しそうに仕掛けを戻した後、
船はブイの周りを旋回し始めた。


こうしてるとサカナが寄ってくるとでもいうのか、
サッサと島に着いてほしいのに、よくわからん遅延行為だ。


2〜3分後、再びロープを手繰り寄せ、再度確認。
・・・って、手品じゃねえんだから。
仕掛けをこれまで何日放置していたか知らんが、それでかからんものが、
3分やそこらで何とかなるわけがない。


タネが無いんだから当然、仕掛けはカラのままだ。
当たり前オブ当たり前なのだが、なぜか男たちは不服そうだ。


あきらめきれない、といった様子で、今度はブイを踏んずけるようにして上を通過する。
おい!! そんなことしたら・・・。


予想通り、ロープがスクリューに絡み付いて、船のエンジンがストップしてしまった。



馬鹿なのか? 底抜けの馬鹿なのか?



作ったような 「しまった顔」 をして、男は2人とも頭を抱えている。
イイ奴っぽいんだけど、絶対娘をヨメにはやりたくないタイプだ。


男たちは交互に海に飛び込んでスクリューを回そうと試みているが、
なかなか上手くいかないらしい。
ロープを引っ張るので、コキコキと下で音がするたびに、船が転覆しそうなくらい揺れる。
乗り物に弱い人は確実に酔うだろう。


「あんた、ナイフ持ってないか?」


男が言う。ロープを外すより、切った方が早いという判断だ。
旅人たる者、アーミーナイフの一つくらいは常備しているのが基本だ。
当然、わしも持っていた。


だが、わしは水から上がったイヌのように、フルスイングで首を横に振った。
こんなアホどものためにマイナイフが錆びるのは、避けたかった。
コイツらのマヌケぶりなら、そのままナイフを海に落としそうな雰囲気さえ感じられたのだ。
困っている人を助けないのは心が痛むが、ここで手を貸したら、なんとなく負けのような気がした。


使えんのう、といった感じで、
おそらくは整備用のスパナとなぜか積んであった釘抜きで、何とかロープ切断にトライする男。
自己責任じゃ。自分で何とかせい。


ここに停泊してから、1時間は余裕で経過している。
前にも後ろにも陸地らしきものは見えなかった。
ぐーるぐる回転したので、もう方角すらおぼつかない。
1時間で着くという話だったのに、コレはどういうことだろうか。


ヤツらの目算がいい加減なのもあるだろう、
そして、「幻の島」 が、わしの侵入を拒んでいるような錯覚も起こり始めていた。
チリチリとカリブ海の日差しが皮膚を焼く。
ヘタしたらここで漂流か? 
今日は波もほとんどない穏やかなカリブ海だが、いままで見たどの表情よりも悪魔的に映った。



太陽がチリチリしなくなった頃には、わしもさすがに何とかせねばマズイ、という気になった。
スパナはボルトを回すための道具ですよと、ロープは切れないよと、優しく教えてやるべきだ。


かといって今更 「やっぱりナイフ持ってたよーん。」 とか言って出したら、
わしが海に沈められるかもしれない。


わしは可能な限り 「うっかりしていた雰囲気」 を醸し出しつつ、バックパックをまさぐり、
「ハサミがあったぜ!!」
と得意げに男に渡した。


灼熱のカリブ海が、一瞬、凍りつく。
なんでもっと早く思い出さないんだ、マヌケめっ。
「mierda(クソッ)」 だの 「puta(英語で言うところのビッチ)」 だの、
最近覚えたキタナイ言葉が耳に飛び込んでくる。
2人の批難が、どうもわしに集中している雰囲気だ。 あれ、なんかおかしくない?


客で、しかも被害者で、しかも救いの手を差し伸べてやったのに、
釈然としないこと限りなしだ。


やっとの思いで脱出に成功したのは、それから30分ほど後。
そして更に1時間。
本来は無いはずの困難を乗り越えて、「幻の島」 カヨス・コチーノスは、ついにその姿を現した。




























マンガでチャッと描くような、砂浜とヤシの木だけの、本当にシンプルな島だった。
この島の名前は 「チャチャグアテ」 というらしい。


サッカーコート1面よりも狭そうだから、島というより砂場だ。
カヨス(諸島)・コチーノスなので、すぐ近くにも大きい島があるのに、
なんで好き好んでここに?? というほど人間が住んでいる。



しばらくぶりに来たエンジン付きの船に、おそらくは島民全員が集まってくる。
挨拶より先に、まず、水をもらった。


船乗りの2人が、島の人間に機関銃のように何事かわめいている。
たぶんさっきのプチ漂流劇について語っているのだろうが、
わしの悪口が混ざっているような雰囲気が、なんとなく感じられた。





いきなり訪ねてきたわけのわからない東洋人にも、島の住人は優しかった。
最初はわしを中国人だと思っていたようだが、
日本人とわかると、更に優しさは増した。


なんでもハリケーンでココの家は全て吹っ飛んで無くなったそうだが、
日本の協力で、すぐに建て直してもらったらしい。


ま、「3匹の子ブタ」 に出てくるワラの家と木の家の中間みたいなモンだから、
建て直すのもラクだっただろうけど・・・。
日本は一番早く助けに来てくれた、と、島民みんな、日本を大絶賛だった。


言われてみればここはハリケーンの直撃を受けているはず。
だが、家は元通り、もともと海に囲まれているので水害とも無縁、
魚が捕れるので飢える心配も無いし、
本土の村で見た悲壮感みたいなものは、まったく感じさせないほどのんびりしていた。


とくにやる事も無いので、島民たちは気ままに手漕ぎ船で海に出たり、
一日中酒を飲んだりして暮らしている。
一応、ラジオとサッカーボールが1コずつあり、娯楽にも事欠かない。


カネも仕事もいらない。まさしく楽園というやつだ。
美しすぎる夕日と満天の星空、都会にないものだけがここにある。そんな島だった。


わしも彼らに従って、同じように過ごした。
札束でキャンプファイヤーをするような、ムダな、いや贅沢な時間の使い方だが、
バカになるのは確実だと思った。





翌日。


島の美しさは充分すぎるほど堪能したので、あとは帰るだけとなった。
女の子と二人ならのんびりイチャついたりもできるが、
ここに居るのはブヨブヨのおばはんと酔っ払いだけだ。


ずっと残るとなると、楽園は地獄のように退屈だろう。
また海が荒れたりする前に、早いとこ俗世間に戻らなくては。


帰りの船はどうすんだ、と訊いてみると、さあ? という反応。
そういえば乗ってきた船がない。
どこ行ったのか訊いてみると、さあ? という反応。


おい、まさか・・・。


誰に聞いても、船がいつ来るかなんてわからない。
陸地側から呼ぼうにも、連絡手段も何も無いのだ。
チャンスが来たら乗っかる。それが島のオキテ。
生きてりゃそのうちな、と、酔っ払いどもがラリって言う。



「幻の島」 カヨス・コチーノス。
行った者が帰って来ないから、そんな風に呼ばれてるんじゃないだろうか?



楽園の真ん中で、ひとり心細く救助を待つ、ちっぽけな存在。
わしは体育座りを維持したまま、気の遠くなるほどの時間、海の向こうを見つめていた。


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