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ジッチャンの名にかけて。
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2-4 「堕天使たちのララバイ」

月の島( ボリビア)

子供はスキですか?
わしはキライです。



特に発展途上国のガキどもは、ガツガツしていてイヤだ。
「くれ」 と言われると、あげたくなくなるのが人間の性(サガ)。
子供というより、物乞いがキライなんですな。


いろんな考え方があるだろうが、わしは物乞いに施しを与える行為は、
野生動物にエサを与えるのと一緒で、むしろ 「悪」 だとさえ思っている。
だから絶対にモノを恵んだりはしないし、相手が子供だからって、それは変わらない。


もちろん、全くの無欲で、興味オンリーで寄ってくる子供たちは、見ていて微笑ましい。


でも、南米で出会う子供の大半は
「荷物持つぜ」 「クツ磨くぜ」 「ゴムひも買わんかい」 系の、
「どうにかして旅行者からカネをせしめよう」 という意図が丸わかりの野獣どもだ。


働いている子供はまだいい方で、
イナカや観光地ではその貧しさ、みすぼらしさを前面に押しだして、
「何かくれ」 と迫ってくるような、ド直球の連中もいる。


観光立国のペルーに入ってからは、とくにその傾向が強くなってきた。
行く先々で子供に言われる言葉ナンバーワンは 「アメくれ」 とか 「カネくれ」 だ。
どうやら子供がやった方がカワイソがられるから、親が命じてやらせているフシがある。
顔がキタナいのもハナがたれているのも、演出の一部みたいで気持ちが悪いのだ。


わしゃ元々 「はじめてのおつかい」 とか見ると吐き気を催すような子供嫌いなんじゃ。
おかげでその傾向は、南米にきて余計に拍車がかかっていた。






この辺りを旅するとだいたい同じ感想を持つみたいで、
他の旅行者とも、そんな話題で盛り上がることがある。


その時、こんな話を聞いた。



チチカカ湖に浮かぶ島だけは特別で、あそこにはピュアな子供が残っていると。
子供たちは見つめてくるだけで、決して何かを要求することはないと。
その姿を見ていると、こっちから何かあげたくなるくらいだと。




それを聞いて、わしはトキメイた。
すばらしい。本当にそんな子供がいるのなら、ゼヒ会って心を洗われてみたい。


チチカカ湖にはいくつかの島が浮かび、湖畔の町から気軽に訪れることができる。
それぞれ遺跡や独自の文化を持つ立派な観光名所なのだが、
そんな天使みたいな子供がいるなら、それこそが最大の見所じゃないか。



湖の目の前、プーノという町に着いたわしは、さっそく市場で果物を買い込んだ。
島ではイモくらいしか採れないらしいので、持って行けば子供たちは喜んでくれるだろう。


「アメ玉をあげると、子供たちが虫歯になってしまうの。
島には歯医者さんはないから、島のことを考えるなら、できれば果物なんかをあげてね。」


と、かの 「地球の歩き方」 にも書いてあったのだから、これで間違いないハズだ。


島のことを考えるなら 「あげないし、行かない」 のが一番だと思うが、
そんな真理にはひとまず目をつぶって、わしは抜かりなく心を洗われる準備を進めていた。


洗われたいと願っているのは、心が汚れている何よりの証拠だった。




まずはタキーレ島という所に着いたわしは、
ひとまず荷物を置きに、今夜泊めてもらう民家へ向かおうとしていた。


外国人の到着を目ざとく見つけて、早速子供たちが駆け寄ってくる。


ああ、ピュアなお出迎えだ。


さあ、このわしを癒してごらんっ!!
と思って待ち構えると、

















「バナーナ!!」














第一声がこれだった。


念のため訳しておくと、「バナナ」 ですよ。
あいさつより先に 「バナナ」 って!



・・・話が違う。


ピュアどころか、普段見ている町のガキより貪欲な印象だ。


アイツらは働いた見返りに何か、という姿勢だからまだわかるが、
コイツらは何もせず、欲しいものの名前を絶叫しただけである。
町なかで 「オマ○コ!!」 とか叫ぶのと同じくらい頭が悪い。 もはや犯罪的なレベルだ。




わしは激しくガッカリしたので、ガキどもは完全にシカトしてその場を去った。
しかし、同じツアーにいたドイツ人のお姉さんが、持ってる果物を渡してしまっている。
バナナを一本渡すと、


「妹にあげるからもう1本ッ!!」


と、あつかましく請求してきやがるやつもいる。
去り行くわしの背中にも、「くれー」 「くれー」 亡者の咆哮が投げつけられる。
これほど心のこもった風な叫び声は 「シェーン・カムバック」 以外では見たことない。




・・・だまされた。



ピュアな子供など、もはや地上には存在しないのだ。
よく知らない旅行者の言うことなど真に受けてココまで来てしまったが、
冷静に考えれば、いまどき処女のアイドルくらい有り得ない話じゃないか。


「くれ」 と言われると、あげたくなくなるのが人間の性(サガ)だ。
こうなった以上は絶対に、一つたりとも渡すものかと、新たな決意が芽生えてくる。
わしはせっかく用意したズッシリ重いビニール袋を、丸ごと民家に置いて、手ぶらで出かけた。
そして、島内を散歩して戻ってくると、不思議なことに袋の中の果物が減っていたのである。




散歩中に、この島出身だというガイドが、誇らしげに説明していた。


「この島は大変平和な島なので、警察がありません。必要ないのです。
 もしあなたがカメラをここに置き忘れてしまっても、誰も盗りません。
 3週間経って戻ってきても、きっとここにありますよ。」


と。



ほーう。 カメラは盗らなくても、果物はなくなりますか。



わしは出発前にリンゴ5個、バナナ5個、オレンジ5個と、
算数の例題みたいなわかりやすい数を、キッチリ揃えて買ってきたのだ。


1個くらいならバレないとでも思ったのだろうか。
リンゴ4、バナナ4、オレンジ4・・・キレイに1個ずつなくなっている。


言うまでも無いが、わしゃ食った覚えは無いのよ。
いくらなんでも、この程度の暗算を間違えるほど落ちぶれてはおらんわー。



ガイドっ!!


いるよ!! 泥棒!!



純真無垢な子供に心洗われるどころか、軽い盗難被害に遭って人間不信が肥大するわし。
翌日、隣のアマンタニ島に行っても、結果は同じだった。
上陸するや否や 「バナーナー」 だ。
ここでは 「アメくれ」 もあった。 虫歯への配慮など、全くもって余計なお世話らしい。


ケチ道3段のわしが珍しく 「あげるため」 に買ってきたのに・・・
果物は結局一つも渡すことなく持ち歩き続け、
プーノに帰ってから1人でむさぼり食う計12ヶは、涙が混ざってしょっぱい味がしたのだった。




数日後。


ペルーからボリビアに入ったわしは、まだチチカカ湖の目の前にいた。
チチカカ湖は琵琶湖の12倍の面積を誇り、ペルーとボリビア、両方にまたがっているのだ。


ボリビア側にも 「太陽の島」 「月の島」 という島があり見所になっているが、
今度もどうせダメだろうと、もう自分が食べる用の果物以外は持っていかなかった。


思ったとおり、「太陽の島」 でも同じことが起こった。
ボリビア人はペルー人よりシャイで大人しいと思っていたが、
ガキどもはどこでも強欲に 「バナーナーーー」 だった。




全てはおとぎ話だったのか・・・
じゃあ、あの旅行者は、なんであんな話をしたのだろう?


地元民が 「いい話」 として吹聴するならわかるが、
外国人の旅行者がそんな美談をでっち上げたって、メリットなどひとつもない。


まだ望みは、あるっ・・・。
最後の最後、 「月の島」。 ここに、賭けてみようじゃないか。
あきらめたらそこで試合終了だと、安西先生も言っている。




上陸すると、さっそく道で、4〜5歳くらいの男の子に会った。


「ブエナス・タルデス (こんちは)」


話しかけると、・・・無視だ。


今までの島は向こうから獲物(わし)を見つけてハイエナのように群がってきたので、
この反応はえらく新鮮に映った。
人に無視されてこんなに嬉しかったことって、人生振り返っても一度も無い。


いろいろ声をかけてはみるが、どうやらスペイン語がわからないみたいだった。
この島のもともとの現地語はアイマラ語。
スペイン語は学校で習うものなので、こういうイナカには喋れない人もまだいるのだ。


男の子は不明な言葉で必死に話しかけてくる気色悪い東洋人より、
手に持っている黒いビニール袋が気になったらしい。


じーっと見ている。


黒い袋とはいえ、目を凝らせば中身が果物だと推測するのは、そう難しいことではない。



・・・っとここで、今までの島なら当たり前に 「バナーナーーーー!!」
が出るところだが、男の子は全く何も言わない。


アイマラ語でバナナは何ていうのか知らんが、言葉がわからなくても、
欲しいなら手のひらを差し出すなり、 「くれ」 というアクションがあってもいいはずだ。


でも、お世辞にも裕福そうには見えないインディヘナの子供が、
ハラが減っていないワケがないのに、欲しそうなことは態度で伝わるのに、
決して向こうからそのことは言わないのだ。



「これだ・・・・!!」



ここへ来てようやく、目的地に辿り着いた気がした。



これが噂の、ピュアな子供ッ。 とうとう会えたな!!
新人類を発見したときの 「川口浩探検隊」 の気持ちがよくわかった。
この感動は学会に発表するのではなく、自分の心の内にしまいこむべきだと直感した。


わしは袋からバナナを1本取り出し、男の子の目の前に差し出した。


改めて 「ほしいか?」 と訊くと、
ココで初めて男の子はコクリと頷き、おそるおそるといった感じでバナナを受け取った。




これじゃーん。
こ・れ・がっ!! これが見たくてココまで来たのじゃーん。



いやー長かった。
キミに会うために、おじさんずいぶん心を傷つけられたのよ。わかる?


バナナを受け取った少年は立ち去ろうともせず、すぐ食べようともせず、
まだ一心にわしのことを見つめ続けていた。


まっすぐな目。
チチカカの沈み込むような深い深い群青色をそのまま瞳に湛えたような、
混じり気のない、汚れのない視線。


わしはそこに吸い込まれるように、無意識にもう1本バナナを取り出していた。


「こっちから何かあげたくなるんです」


・・・あの旅行者の言葉が、そのまま自分の耳に再生された。
予言された通りに行動している自分が何となく悔しかったが、
「くれ」 とは一言も言っていない相手にモノを渡すのは、好意以外の何者でもなかった。
滅多に、とくに南米では湧くことのないその感情は、ほっこりとあたたかく心を包んだ。




ちょっとさわやかな気分で男の子とは別れると、
島に残る遺跡の石段の下に、リャマを連れた女の子がいた。
この子もインディヘナの子供だろう。
青黒い空と、島の牧歌的な風景とに調和して、その姿は妙に絵になっていた。
あまり人の写真は撮らないのだが、このときはどうしても撮りたくなった。


お願いして、一枚撮らせてもらうことにした。


ここで、普通なら 「100円よこせ」 的なことを言われるのが常だ。
まあ気持ちはわからんでもない。
わしだって、いきなり見知らぬ他人にカメラを向けられたら、
にこやかにピースなんか絶対にしないと思う。


だから、彼女にも軽くお礼はしようと思っていた。
1ソル(約30円)くらいかな、いや、果物でいいか。
ところが、彼女は写真を撮り終わるとそのまま立ち去ろうとしたのだ。
さっきの男の子だけがピュアなのかと疑いもしたが、これで決定だろう。


この島だけは、汚れていないのだ。


あまりに嬉しかったのでわしはリンゴとオレンジを取り出し、問うた。


「お礼だよ。 どっちが欲しい?」


すると少女は、結婚相手でも選ぶかのように、真剣な表情で悩み始めた。
これまでは 0.05秒で 「両方!!」 と決断を下すクソガキや、
スキあらばどちらも奪い取って走り去るようなマンキーが相手だったのだ。
このおろしたてのバスタオルみたいな真っ白な反応が、汚れつちまつたおじさんにはまぶしすぎた。


彼女が結論を出すより早く、わしはリンゴとオレンジの両方をその手に握らせた。
ちょっと困ったようなしぐさをしてみせる少女を横目に見ながら、
ついでに持っていたビニール袋を、丸ごとリャマの体にくくりつけた。


「あなたはとても正直な人です」


と言って金のオノ(もしくはきれいなジャイアン)をくれる童話があるが、
その神様は、こんな気持ちだったのだろうか。
持ってる果物は全部あげたが、ついでにお小遣いもはずんであげたくなる。


女の子は 「いいのかしら」 といった風で、それでも嬉しそうに、トコトコ帰って行った。



かーわーいーいー。



水洗便所を 「ジャー」 と流すように、
南米で汚れきったわしの心は、一瞬のうちにキレイさっぱり洗い流され、リセットされた。
ブルーレットの青い水が流れ込んでくる。
便座のない南米のトイレとは格が違う、頬擦りしたくなるようなピッカピカのTOTO便器だ。


子供、いいじゃん。
ピュア、いいじゃん。


神話を語り継ぐ資格を得たわしは、フーゾク帰りのような満足した表情で、島を出た。
貧しくても、美しく生きる天使がここに居る。
観光地ばかりをいくつ巡っても、決して見つけられない宝に出会った。
これこそが21世紀に残したい 「遺産」 だと、ユネスコのおっさんどもに教えてやろうか。


この感動を、早く誰かに伝えたかった。
しかし、町に戻って最初に出会ったのは、皮肉にも物乞いの子供だった。
美しい思い出の余韻に浸る間も与えてもらえず、わしの便器はまたビチグソで汚された。


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