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ジッチャンの名にかけて。
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2-5 「イカすバンド地獄」

リャリャグア( ボリビア)


オルーロという、仮面のカーニバルで有名な町がある。
そこからバスで2〜3時間の、リャリャグアという村。


近くには温泉があるのだが、幹線道路から外れている事もあり、訪れる外国人はあまりいない。
わしはわしで温泉にも村にも興味もなく、
ただ、「世界一大きいスズ鉱山」 があると聞いて、仕方なくそこへ向かっていた。


そのバスの隣の席に座った男が、ちょっと風変わりだった。


太ったスタローン みたいな顔に黒髪のロング、
汚れていない白いセーターに・・・今どきテンガロンハットってどうなの?
その首から提げてるどデカいカメラが 「おのぼりさん」 丸出しのおっさん。


ボリビア人か、少なくとも南米の人間で間違いなさそうな顔つきだが、
防犯とか色んな意味で努めてビンボーそうに見えるように演出しているわしより、
はるかにドロボウに狙われやすそうな、イナカの金持ち風の男だった。


いやにデカい荷物を3つも4つも引きずっているので、
その気になれば目の前で堂々と持ち逃げできそうな、典型的な被害者予備軍。


当時のボリビアは治安が悪く、
外国人がドロボウとか強盗にあった話はよく聞いたが、
南米の犯罪率が高いのは、地元の人間がボケボケしているせいもあるんだろう。
油断している市民のお手本のようなスキだらけのおっさんを見て、
わしは逆に、気をつけようと警戒レベルを上げるのだった。




リャリャグアのバスターミナルに着くと、
おっさんは早速タクシーを呼びに行った。


つうか、大胆にもそのデカい荷物は完全に置き去りにして、だ。
隣の席だった縁、多少は会話をした間柄として、
何となくわしが荷物を見張らなきゃならん感じになってしまったので、
ゴロゴロとアホほどデカい黒いケースを、とりあえず1箇所に固める。
一つ一つがこれまた妙に重たい。
形状からして、どうやら何かの楽器が入っているようだ。




戻ってきたおっさんが言うには、彼はフォルクローレ・バンドのリーダーだという。
今はコンサートツアー真っ最中らしく、
リャリャグアには、ライブのためにやってきたらしい。



おおっ、コンサートツアー!!
全然そうは見えんけど、芸能人かよ。
身のこなしがちょっと裕福そうでスキがあるのも、そのせいかもしれない。
言われてみればどことなく、オーラのようなものが出ている気が・・・しないでもない。
うん。 出てる。



オルランドだ、と男は名乗った。
バンド名は 「プフリャイ」 。 ケチュア語で 「風」 を意味するらしい。
フォルクローレは海外で人気があるので、ヨーロッパ公演なんかも行くそうな。
CDデビューまでしているらしく、ジャケットを自慢げに見せてくれる。



でも、バンド・・・つったのに、他のメンバーはどこ?
つうか芸能人なのに、バスで移動すんのかいな?
楽器も1人分とは思えないくらいあるけど・・・
あんたホントにリーダーか?



日本でさえ、初対面で芸能関係者を名乗ってくる人間は、
100%悪人 だと相場が決まっている(ビデオ・リサーチ調べ)。


それだけでも十二分に怪しいのに、
外国で向こうから話しかけてくる地元民ってのもまた、
決定的に胡散臭いことは、これまでの旅で散々学ばされてきたことだった。
いや、その確率たるや、 100%を越える勢い 。




100万パワー+100万パワーで 200万パワー!!




バッファローマンに挑むウォーズマンのような 謎の計算式 によれば
コイツは 悪人確定 なのだが、うーむ。 どうだろうか。



「今は無名だけど、そのうちビッグになってやるぜ!!」
とかアツく夢を語ってホテルに連れ込んだり、
「キムタクに会わせてやる」
とか言ってホテルに連れ込んだりするのが目的でもなさそうだし、


「キミをスターにしたるでー」
と、言葉巧みに金銭をダマし取ろうとしているのとも、違うようだ。



「落し物詐欺」 だの 「ツバかけ強盗」 だの、
比較的 「頭脳派」 な犯罪の手口がはびこっていたボリビアだが、
これがサギの取っ掛かりの部分なのだとしたら、
誰も行かないような村・リャリャグアに向かうわしが標的って・・・
ニッチにも程がある だろ。



本当にサギだったらそれはそれで興味深いし、
ガチでコンサートだったとしても、なかなか面白い。
どっちにしてもネタになる。





感心したフリをして見せると、狙い通り


「よかったら見に来るかい?」


とか言っちゃってるので、わしゃ即決で頷いた。
いくら自分の旅の目的が 「世界一のなんたら」 でも、
たかがスズの鉱山、しかも今は閉山されているモノを見るだけだと、
リャリャグアに滞在する理由としては、今イチ弱い。



芸能人のコンサートツアーに同行、いいじゃない。
ただ音楽を聴くというより、関係者側を覗き見る、またとない機会だ。



さっそく荷物を積み込むのを手伝って、
わしはちゃっかり同じタクシーに乗り込んだ。


オルランドは料金をボられているように見えたが・・・
タクシーがボってくるのは、地元の人間がボケボケしているせいもあるのだろうと思えた。































リャリャグアは予想以上にサビれまくった村で、
入口に巨大なスズ鉱山がドデンとある以外は、本当に何も無かった。
ちょっと高いところに登れば全てが見渡せてしまうくらい、
こぢんまりと言うより、粗チンまりとした感じの寒村だった。



ヘタすりゃ自分の生まれ故郷を上回る粗チンぶりだ。
とても一流のミュージシャンがコンサートをしに来る雰囲気はない。




タクシーが横付けしたのは、
公民館だか体育館だか、そんな雰囲気のショボくれた建物。



イヤな予感がする。



入ってみると、いくつか置かれた丸いテーブルには白い布が掛けられ、
両サイドの壁際には、ビュッフェ形式の料理が準備されつつある。
結婚式の会場のような、ディナーショーのような・・・
ともかく、わしがイメージしていた 「ライブ!!」 とは、
似て非なるどころか、何もかもが違う光景が広がっていた。



「この結婚式でね、ライブをやるんだ。」



「あっそう。 新郎新婦は友達なの?」



「いや、知らない人。」




コンサートツアーって・・・てめえコレ 営業 じゃねえかっ!!



わしが知らんだけで、コイツも実は一流の有名人なのかもしれない。
とか思った瞬間もあったが、
エスパー伊東やダンディ坂野 レベルの ドサ回り芸人 だ。
永ちゃんのそっくりさん・矢沢吉とか、そういう類のアレかもしれない。



そういえばココに辿り着くまでの道すがら、
誰もこの自称・芸能人に声を掛けてこなかったし、
振り返るそぶりも無かったような・・・



わしゃ 楳図かずお先生 とスレ違ったことがあるが、
さすがにその時は振り返ったぞ。



こいつの芸能人オーラは、ランク的にそれ以下確定。
見栄晴あたりといい勝負ってところだろう。
さっき見えたオーラは何だったんだ?
間違えて、 小宇宙(コスモ)を感じた だけかもしれない。
目覚めよセブンセンシズ(第七感)!!




一応、控え室なるものがあって、
オルランドと、なぜかわしもそこに案内される。
クソ重たい荷物を運んでいる姿が、
完全にオルランドのマネージャーかなんかに見えたのだろう。


そう疑いなく関係者扱いされると、こっちもそれなりの態度で臨まなければならない。
業界人らしく肩からカーディガンでも垂らしたろうか。
ザギンでシースー、ツェーマンゲーセン、パンしゃぶでビーチクがチーターだ。



控え室には、既に他のメンバーが到着して、リーダーを待っていた。
コイツらは全員手ブラ。
どういうシステムなの? オルランドかわいそうだろ


ひいふうみい・・6人か。
どうやらバンドやコンサートの話はウソではなさそうだが、
集まったメンバーは、また揃いも揃って庶民ヅラだ。


ミスチルやスピッツも、ボーカル以外は町で出会っても気づかない自信がある。
だが、コイツらは町で楽器を弾いていてもミュージシャンだとは思われないだろう。
それぐらいヒドい。



まあ見た目がこんなんでも仕事は徹底してマジメに・・・


・・・ってオイ!
酒飲んでるよ ドラム!!


ケーナ担当の君っ!!
関係ない音楽聴いてる 場合かっ!!


ドラマとかに出てくる、
熱血先生の登場で立ち直る弱小野球部 みたいに荒れまくっている。
やる気ゼロ。
少なくとも日本人が見たら、誰でもそう思うだろう。



本番前なんすけど・・・
しないのかよ。
音合わせとか、打ち合わせとか、さあ。



つうか揃いも揃って 全員私服 なんですけど・・・
ライブですよ?
ウェディングですよ?


その 関西のおばちゃんみたいなセーター で奏(や)るつもりかっ!!




「ねえ、衣装とかどうすんの?」



わしが訊くと、



「あ・・・」





まさか、マジで・・・!
これほど 「あ・・・」 らしい 「あ・・・」 は聞いた事が無いくらいの見事な 「あ・・・」
スペイン語でも 「あ・・・」 なのね!!
と感心してる場合じゃない!!
本番2時間前にして、衣装ナシ!!
ショボい上に段取りまで最悪!!
スクール・ウォーズの川浜高校の生徒だって、試合の日にユニフォームを忘れたりしない。
試合前日にクリーニング屋が火事になったりはするけどな。




慌てて、というかわしだけ慌てて、
オルランドを連れて衣装を揃えに町へ出る。
こうなったらサッカーのユニフォームでも何でもいいわい。
何とか揃いの服を見つけなければ、困るだろう。



いや、本人達はそんなに困っていないのかもしれないが、
なんかわしが恥ずかしい。


言うまでもなくわしは部外者、
ついさっき出会ったばかりの他人なのに、
本職のマネージャーになった気分というか、
出来の悪い子供を持った親が、授業参観に行く時みたいな気分なのだ。
なんだろうこの気持ち。



何とか市場を物色して、全員分のポンチョをオルランドに買わせる。
ポンチョはボリビア、ペルーの民族衣装。
都合いいことに服の上から羽織るマント状の服だ。
これをみんなで着りゃ、なんとかバンドらしく見えるだろう。
ダッシュで戻り、メンバーに配る。
いいから 酒を飲むのをヤメロ。 そこのドラム!!



衣装が揃ったところで 微妙に満足気 なメンバーは、
結局、ナメたことに一度たりとも練習することなく、本番の時を迎える。


子供の頃、ゲームばかりやっていてよく怒られたもんだが、
その時の親の気持ちが、ちょっとだけわかったような気がした。






























日本なら結婚式には 「式次第」 というものがちゃんとあり、
新郎新婦入場やら、エライ人の挨拶やら、
花嫁が鼻水を垂らしながら どうでもいい作文 を読んで、
泣かないと人でなし呼ばわり される過酷なイベントやらが、
順序立ててスムースに行われる。



ボリビアではそんなものはなく、いきなり新郎新婦が出てきたと思ったら、
ワラワラとパーティー的なものが始まって、あとはもう飲んで食って踊るだけだ。
様式美もへったくれもない。


BGMもシーンに合わせてCD掛けたりとか、そんなんではなくて、
最初から最後まで生演奏。
バンド 「プフリャイ」 は、その生演奏のために呼ばれたようだ。


ますますもってCDデビューまでしているバンドの仕事じゃないような気がするのだが、
まああれだけ不安要素てんこ盛りだった割には上手く仕事をしているのでひと安心。


フタを開けてみれば、ライブじゃなくて完全なBGM要員だ。
客は飲み食いに忙しくて、彼らに注目している人間などいない。
今思えば衣装なんか揃えなくても、全裸とかでよかったのかもしれない。




というかボリビア人、
大音量で音楽流して酒飲んで踊って・・・って、
別に 結婚式じゃなくても毎日やってる じゃねーか。



ますますもってバンドの存在意義が無い気がするが、
結婚式だし、より格式高く 「本物」 をってことかね。



演奏中は彼らと話しているワケにはいかないので、
パーティー中、わしは単独行動というか、放置だ。
他に知り合いも居ないわしは、よるべなく会場をウロウロ・・・
いくら南米のインディヘナが東洋人寄りの顔立ちだと言っても、
こんなド田舎の結婚式に出ている日本人の姿は、
なぜか小室ファミリーに混ざっていた 甲斐よしひろ くらい浮きまくっている。



それがかえって注目されたのか、
ただの 「招かれざる客」 であるわしのところに、
ゲストたちが次々と酒を飲ませにくる。


やつらは酒飲んで踊れれば、理由なんてなんでもいいのだろう。
そして、飲めさえすれば細かいことは気にならないらしく、
主席者が何者かなんて、そんなこと誰も気にしていないのだ。



「おお、チノ(中国人)、まあ飲めよ。サルー(乾杯)!」


「サルー!」


「やいチノ、飲んでるか? サルー!!」


「サルー!!!」





つうか、見てると新郎新婦よりわしの方に人が集まってないか?


珍しいのはわかるけど、祝福してやれよ。 アミーゴを。



ビデオカメラを持った撮影隊が、
友人たちからの 「お祝いのメッセージ」 を集めにくる。


新郎新婦とは 5分前に初めて会った わしのところにまで、来る。
お前らも、チノと話したいだけかよ!!




「ヘーイ、チノ、この幸せなカップルになにかメッセージをくれよ。」





「えーと、はいはい。 じゃあ、エノラブエナ(おめでとう)。」




























「・・・」





























「・・・・・・」




























「・・・・・・・・・」





























それ以上ねえよ!!



























撮影隊は次のコメントを待ってひたすら笑顔のまま硬直しているが、
以上です。


知り合いでもない二人にこの上何を?
というか、
スペイン語を話すようになって7ヶ月経って、けっこう高度な表現も覚えたとはいえ、
「幸せな二人を祝福するための言葉」 なんて、一つも習ったことないっつーの。



わしに使いこなせるのは


「スープを もうちょっとカラく してください」


とか、


「キャンプ場でクツを盗まれました」


ぐらいがいいところだ。
そもそも日本人は突然スピーチをフラれて長話ができるようには教育されていない。


もうすぐ21世紀とは思えないようなバカでかいカメラが、未だにわしを狙い続けている。
沈黙と笑顔の中、もう出ない何かを期待される空気は、
バズーカで脅されている感覚に等しい。










「・・・・・・・・・」



























「・・・えっと、ですね・・・」



























































「ヨ・ノ・ソイ・チノ(私は中国人ではありません)」































ギブアップ!!





新郎新婦からすりゃ 「誰?」 「何?」 「なんで?」 
と、あらゆる疑問詞が飛び交う衝撃映像だ。


それでもバズーカは狙っている。
これはもうアホのふりをするしかないと思って、
あとはひたすらに 「サルー」 を連呼してカメラに向かって飲み続けた。





この日、この場で飲んでいる酒もかなり怪しくて、
ビールでもないし、地酒のトウモロコシ酒・チチャでもない。
ナゾの緑色の液体が、フラスコのような容器に入って供されていた。


ボリビアのお祝い事の席ではコレが定番なのか、この村だけ特別なのかはわからない。
ただ、この宇宙人の血液みたいな気味悪いスピリッツだけが、
本日唯一のノドを潤す手段だったのだ。


この液体、カキ氷シロップのメロン味みたいな見た目の通り、
まず口に含むと、ドロっとした甘味が広がり、
そして、喉を通過する頃、火のような辛味が追いかけてくる。
甘くて辛くて、コーラの対極のような、爽やかさゼロの飲み味。



安い酒は悪酔いするというが、こりゃ メタノールかなんか ですか?
それか密造酒??
かわいらしい見た目に反して、アルコール度数もなかなか凶悪で、
酔ったのかどうかさえわからない不思議なトリップ感がある。
絶対マトモな酒じゃねえ。 



コレをみんなして勧めてくるもんだから、
そりゃあかなり早い段階から、正気を失っていた ですよ。



日本人を代表して体液が緑色になるまで飲むんじゃあああ!!!



と、それは漢(おとこ)らしい発言をかましたつもりだったが、
わしの飲みっぷり自体が 日本のイメージダウン だという事は、
ラリった頭脳は全く気づいていないのであった・・・。




































次に気が付いたら、わしはベッドの上に居た。
そこは見た事もない宿の一室。
隣のベッドでは知らない男が寝息を立てている。
もう一つあるベッドにも男が寝ているが、誰だっけ?
一切の記憶がない。



ビデオレターにコメントさせられた辺りからの映像は、
「野球が延長になったせいで予約録画のタイミングがズレたとき」 のように、
途中からブツっと、キレイになくなっていた。
どうやら親切な人が宿までとって部屋に寝かしてくれたようだが、
どこの宿か、一緒に寝ているコイツらは誰なのか、
そのへんは一切合切ナゾにつつまれている。




辺りはまだ暗く、外は満天の星空というやつだった。
まだ酒の残るアタマでフラフラと外へ出て、ぼへーと空を眺める。
高地だからか空気が澄んだイナカだからか、
残酷なほどチカチカときらめく星が、酔った頭に鈍い痛みを運んでくる。




ふと頭に手を当てた時、異変に気づいた。
いつも被っている帽子が無い。
いや、帽子というか・・・アレ? 俺・・・




スッと、全身から血の気が引く音がした。
一気にシラフに戻った、というのは言いすぎだが、
ホロ酔いの浮かれポンチな陽気を毒色のネバついた悪寒が包み込んで、
楽しヤバい、腐ったイチゴ大福みたいな気分に染め上がる。




そういやわし、ラ・パスからバス乗って、そのまま全荷物持って結婚式に・・・




宿も決めず、貴重品・現金全て持ち歩いていたんだった!!



その状況でドロ酔いするとはっ!!
オルランドを 「スキだらけ」 呼ばわりなんて、6年早かった。
わしこそがスキ王、スキ皇帝、スキスキスーだ。




慌ててわしは、残像が出るくらいのスピードで、すばやく下半身をまさぐり始めた。
錯乱してティムコをいぢったワケではない。
腹巻きに入れていたパスポート、前ポケの財布、
いわゆるひとつの貴重品の存在を、一も二も無く確認したのだ。





「あら?・・・ある。」




この類の焦りは二度目 (・ World1-1参照 >>) だったから、
当然、結果も同じだと思っていた。
だが、ちょっと気持ち良くなるくらい何度もケツを撫でまわしてみたところ、
そこに貴重品は 「ある」 のだ。 
中身を見ても、一つとしてなくなったものは無い。




「荷物はっ!?」




いまだフラつく足取りで部屋に戻り、
真っ暗な中、ベッドサイドを確認。



「おら?・・・あるよ。」



結婚式会場の控え室に置きっぱだったはずのバックパックも、
どういうわけか手元に戻っているのだった。






記憶が無いので全くわからないのだが、
自分で運んで来たのだろうか?
それとも、なぜか同室に泊まっているこの人たちが持ってきてくれたのだろうか?



暗闇で何かにけつまづくと、それは巨大なギターケースだった。
見覚えのあるこの大きさ・カタさ・・
って、よく見りゃ寝てるのはオルランドじゃないか。



もう1人も、寝顔が庶民的すぎて気づかなかったが、バンドのメンバーだった。
パーティーの間は演奏中でみんなとは話もしていないはずだが、
しらない間に合流して、一緒に泊まることになっていたらしい。



まあ真相はわしが酔いツブれてブッ倒れて、
その時になって会場では 「ところでコイツ誰?」 みたいな話になって、
「オメエこいつに一番飲ませてたじゃねえズラか。 連れて行くだよ。」
「んにゃ。 オメエの方が中国人みてえなツラしてるから、オメエが連れて行くだ。」
とかなって殴り合いのケンカでも始まって、
そのうち倒れてる当のわしのことはどうでもよくなってきて、
みんな小便しに出て行くついでに居なくなっちゃって、
一方これまたひと仕事終えて完全にわしの事を忘れていたオルランドが、
パーティーは終わったけどハラへったからせめて残り物の料理をイタダくかと
会場を徘徊している時に
「お、セニョールちょうどよかった。 この中国人、あんたのアミーゴだろ。」
とタイミング悪く会場を片付けようとしていた担当者に声を掛けられ、
仕方なく引き取り手になった、ってとこだろう。



何にせよ、わしの軽率すぎる行動はともかく、コレってなんという幸運!!
ヘンなやつに連れて行かれていれば、全てを失ってもおかしくない状況だったじゃねーか。
下手すりゃ命や、もっと大事な貞操も奪われていたかもしれない。



「いやあ、ツイてるなあ。わし。」



安堵のスマイルを見せると同時に、口の端からゲロがこぼれた。
酔っ払いが一瞬とはいえ緊迫して、それがまた緩んだギャップのせいだ。
ニキビを針でプツっと刺したような勢いで、ドロドロと爽やかな緑色の液体がこぼれてくる。



酔っ払いのくせに、
「ゲプッ」 と大音量を出してみんなを起こすのは忍びない、と気を遣ったのだ。
逆流したモノが鼻や、あるいは耳や目から出てくるんじゃないかと恐れを抱きつつ、
そっと笑顔で吐しゃ物を撒き散らすわし。


この世に 「上品なゲロの吐き方」 の大会があったなら、
確実に上位に食い込むであろう、会心の芸術的吐き様だった。
スープをすする音よりもサイレントに、星明りの下のグリーン・リバーは流れ落ちた。






























翌朝、完全な二日酔いの頭痛で目を覚ますと、
プフリャイのメンバーは、もう次の仕事に向けて出発するところだった。


昨日の感じだととてもそうは思えないし、
パーティー中も正直彼らの曲はほとんど聴いていなかったのだが、
腐ってもCDデビューしているアーティスト、
仕事は結構なペースであるらしい。



んじゃわしもついて行くっ!! と言いたい所だが、
そういえば当初の目的だった 「世界一のスズ鉱山」 を見ていないし、
何よりこの頭痛では、指先を動かすのさえ吐き気を催す。
この先もタダ飯タダ酒にありつけるかも、なのは魅力的ではあったが、
わしは独り、そこに残ることに決めた。



「日本に行くことがあったら、通訳頼むな。」



オルランドはそう言うと、自分の電話番号を渡してきた。
こういうときは社交辞令的にニセの電話番号を返すことにしているのだが、
大袈裟でなく彼は恩人だ。記憶に無いけど。
この時は本物を渡して、自分も誠意らしきものを見せた。





固い握手を交わす。




この後、南米なら男同士でも、仲良くなった相手にはハグ、「抱擁」 が入るところだ。
だが、オルランドはちょっと顔をこわばらせたまま、
何かをためらうようにわしを見ている。



なんだよもう、テレ屋さんなんだから。



ボリビア人は南米人にしてはシャイな方だが、
バンドマンがそんなんでどうするよ。
わしが日本人だから、 「ハグは彼らの文化ではない」 って遠慮してるのかな?



そんなこと気にすんなよっ!
と、わしは感謝の気持ちを込めてオルランドを抱きしめた。
背中をポンポンと叩く。
オルランドも、軽くタップする感じで返してくる。
ああ、友情・・・。


ところがそれが終わると、オルランドはそそくさとバスに乗り込んでしまった。
南米式の別れ方はメソメソと湿った感じなのが常なのに、何となくドライじゃね?
芸能人気取りで多忙ぶってるのかね?
いや、アイツはいい奴だから、照れ隠しなのだろう。
そう思うことにしといてやるぜ。



手を振り、彼らを見送った。
走り出したバスは例のスズ鉱山の裏手に回りこむと、
砂煙を上げて、あっという間に視界から消え去った。




「また、どこかで会えるかな・・・」




舞い降りる埃とともに、
ふわっと、どこからともなくふわっと、
決して気持ちが良いとはいえない、塩酸じみた苦い香りが鼻腔を刺した。


どう考えてもゲロ。
そして、どう考えても、そこに居るのはわし一人。



袖口に鼻を近づけてクンクン確認すると、どうも出所はこのあたりのようだった。
よく見ると昨夜思いのたけ吐きつくした緑色の液体の残骸が、
ちょうどわしの緑色のジャケットの腕に、白味がかって付着している。


脱いで背中側を見ると、
単色のはずのジャケットが、 見覚えの無い迷彩模様 に染められていた。
緑オン緑でパッと見わかりにくいが、
冷静に観察すると、バケツで浴びたほどのブチまけっぷり じゃないか。




謎はすべて解けた。




オルランドの ヒット&アウェイみたいな別れ方 は、こういうことだったのね。
記憶の無い時、寝てる間にも、結構ゲロってたのね。
そ、そりゃあ逃げるように立ち去るわなあ。



わしは恩人の衣服に積極的にゲロ臭を移したばかりか、
態度がおかしいとプチ逆切れまでする始末。
しかも、宿代立て替えてもらって、払うの忘れとるし。
わしって奴は・・・


人とのつながりを踏みにじることに関しては、
我ながら超高校級の逸材だ。






その後、日本で演奏したいと言っていたオルランドからの連絡は、一度もない。


バンドやめちまったのか。
日本に来るチャンスが無かったのか。


どうあれ緑色の胃液をこすり付けてくるような奴の所へは、わざわざ訪ねて行ったりしないだろう。
少なくともわしなら、行かないだろう。

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