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ジッチャンの名にかけて。
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2-9 「CとGとAとM」

ポパヤン( コロンビア)


いい朝だった。
しっとりと湿った空気が、11月の空を吹き抜けていた。



コロンビアはこの時期、太陽が照りつけるような時間はほとんどなく、
目に見える世界はいつも薄灰色。
だが、それがこの町並みの白さを一層際立たせているようで、
晴天至上主義のわしにも、決して嫌な感じはしない。



高原で朝もやに包まれているような、全身に癒しを浴びる清涼感。
淹れたてのコーヒーの湯気が、
それ自体に味を持つかのように、官能的にうねり、立ち上る。
この国は言わずもがな、コロンビア・コーヒーの産地。
まあ飲んでいるのはインスタントのネスカフェなんだが、
本場で味わっているという事実が、脳内でのウマ味を増幅させる。
ダバダ〜♪




…今日もいつもの通り、ホントにいい朝だ。




テラスの下で、扉が開く音がする。
こんな朝早くから、大きなバックパックを抱えた、白人旅行者たちの登場だ。
彼らはこちらに上ってくると、わしと目を合わせるなり、
落胆と絶望の入り混じったような、深いため息をついて隣に座った。



これも、いつもの通りのシチュエーション。
そして、いつもの通りの会話が、他愛なく展開する。




「おかえり。 やっぱりダメだったかい?」



「ああ、今日もバスは出ないよ。」




わしは引退した大会社の社長のように、
ゆったりとしたエレガントな動作でコーヒーをすすり、
いつもの通りにノートにペンを走らせた。
































「本日も足止め決定。」

































そのワンフレーズで終わる日記を書き続けて、もう6日になろうとしていた・・・。



ベネズエラ → コロンビアへと入ったわしは、
首都ボゴタからサン・アグスティンという村を経て、
ポパヤンという、エロ漫画の擬音みたいな名前の町にたどり着いた。
特に見どころらしいものはないが結構な都会で、
町全体が白壁のコロニアル・スタイルで統一されている。
何気に落ち着きのあるいい所だ。



またそこは、「パンアメリカン・ハイウェイ」という幹線道路が貫く町で、
エクアドルへ南下するにしても、
コロンビアを北上するにしても、
いずれにせよこの道を通らなけらばならない。




のだが、わしが到着したその時、
その重要な幹線道路が、農民だか労働者だか

よくわからない集団によって封鎖 されていた。




その日で、封鎖はもう3日目だという。
バスターミナルがいやーに閑散としていると思ったが、
町から出られないのだから、バスも客もあったもんじゃないわな。








南米では、一般市民が政府などへの抗議活動として、

幹線道路を封鎖するデモ を、よく行う。




交通をマヒさせることによって政府を困らせてやるぜウヒヒ・・・
てな狙いらしい。




例えば日本で東名高速を封鎖したとしても、
中央道もあれば、国道1号だってある。
新幹線や東海道線、飛行機と、他に選択肢がいくらでもある。
だから、困るは困るが、そこまででは・・・って感じだろう。




ところが南米では 本当にその道以外ない 

てな状況が よくある ので、

道を一本封鎖しただけで、カンタンに国全体がマヒしたりする。
なので、政府と対話する手段としては割と有効であるため、
こんなことが日常化しているのだ。



加えて農民や労働者の争議活動にも利用されることが多いみたいで、



なんかムカついたら、

とりあえず道、塞いどけ。



てな合言葉があるのかないのか、そりゃあ頻繁に道は通れなくなる。
イナカの暴走族みたいなハシャギっぷりで、真剣な大人がそれをやるっ!!
その現場に、たまたま居合わせてしまったというワケだ。



道はこんな風↑に、
町を挟んで北と南、ハイウェイの両方がせき止められていた。



地元の人間はもう こういう事態には慣れっこ で、

明日は大丈夫だぜアミーゴ。 まあこっち来てラムでも飲めよ。」
とか言ってヘラヘラ酔っぱらっている。




南米の人間は 「今」 じゃなきゃあとは全部 「明日」 って言いやがるが、
聞けば道路封鎖デモは、普通は長く続いても1週間程度
いま既に3日目だというから、あと2〜3日のうちに何とかなるのだろう。
ま、最悪道が開かなくても、来た道を引き返すって手があるしな。
それほど深刻なハナシでもなさそうだ。



最近トラブルに遭いまくっているが、旅行ペース的には割と駆け抜けてきた。
ここで一度ゆっくりするというのも、またイイかもしれん。
滞在先が異様に居心地のいい宿だったこともあって、
わしは漢(おとこ)らしく、どっしりと構えて待つことに決定した。
















































で朝起きたらこうなりました。












ファック!! どアホっ!!

唯一の逃げ道が塞がれとるやないのっ!!
なーにが 「明日は大丈夫」 じゃっ!! この安月給!!






ほほ・・・、本格的に閉じ込められてない? わしら。
終わるどころか
何かとてつもなく恐ろしい事が 始まってるんですけど。





様子見に道路ブロックの現場に行ってみたら

釘バット 持った集団とかいるし、なんか予想以上に物々しいし、

表情が真剣だよー。 南米の人間とは思えないマジ顔だよー。



「うわー本物の釘バットだー。 触らせてくださーい。」



などと気安く近づこうものなら、

多分 フルスイングで迎え打たれる のだろう。

農民が道を塞いでいる、というからこんなの↓を想像していたが、



甘かった。
この規模が相手では

「バカのフリをしてうやむやに通過」 

というのも難しそうだ。
引き返すしかない。




「こっそり山道を歩いて抜けたりできんもんだろうか」
と地元の人に相談してみたが、

山にはもっと 本格的なゲリラ が潜んでるから止めておけ、と。



つまり こうなのね。 

抜け道の方がヤバいのね。






わしは「待つ」という行動を「選択」したつもりだったが、

強制的な一択 だったコレ。




着いてからというもの、
テレビでは連日トップニュースでポパヤンの話題を取り上げている。
騒ぎは思ったよりデカいらしい。
さっき見てきた封鎖現場が、そのままブラウン管越しに流れている。




今までの人生、こんな映像は地球のどっかの遠い遠い国のオハナシ、
映画観るのと変わらん感覚で傍観していたが、
わずか数キロ先で起こっている出来事となると、リアル感がケタ違いだ。
自分の身に被害が及ぶ可能性も十分あるワケで・・・
いや、もうすでに間接的に被害は受けている。














それから6日、着いた日から数えるともう7日目になっても、
それでも道は開かない。




「いつもと様子が違う」 ということは、みんなわかっている。
しかし誰も、もう町の住民でさえ詳しいことはわからない。
「明日開く」
「4日後に開く」
「水曜日に開くってラジオで言ってた」
「今日の17時に何かある」etc…
噂が噂を呼び、錯綜する情報にはどれも全く信用性がない。



そうなると「道が開く、開かない」「バスが出る、出ない」 は
直接バスターミナルへ行って自分で確かめなければならず、
宿に泊まっている旅行者の誰かが毎日、早朝に出かけて行っては、
ガッカリして帰ってくる、という不毛なプロセスが繰り返される。
ゆるやかな、見張りのいない強制収容所みたいな生活。
7人いた囚人は、みんな同じようなペースで疲弊していった。




特に急ぐ必要のないわしでさえ、「道が開かない」と聞けばガクっとなる。
同じ宿にいたスウェーデン人なんか、
2週間のバカンスで南米に来て、そのうち既に10日をここで過ごしている。
北欧の人は毎年そのくらい休みがもらえるのかもしれないが、
彼に関してはもう気の毒としか言いようがないだろう。











まあ待っていて状況が ”変わらない” のならまだいいのだが、

悪い方にはしっかり動く もので、

ブロックしている連中のストレスが着々と溜め込まれていく一方、
リアルな物資関係は、補給ルートを押さえられているので確実に減っていく




7日目。
まずは宿のキッチンから ガスが無くなった。



それを合図にしたかのように、

8日目には町じゅうの ガソリンスタンドが完全閉店。 

続いて暴動を恐れてか スーパーマーケットも閉店。




ガスが無いくらいなら自炊やお湯シャワーをガマンすれば済む。
だが、ガソリンがないってことは

車でこの町を出ることができない ということだし、

あと食い物・・・




いちばん無くなっちゃいけないモノが底を見せ始めているのには、ゾッとする。
終わってからコンドームが破れていると気づいた時ぐらい、ゾッとする。























町の小さな雑貨屋みたいなとこはまだ普通に営業しているみたいだが、
小麦粉やパスタ、そこらへんが消えるのも時間の問題だろう。
カラフルなお菓子が並んでいたバスターミナルの売店の棚も、

いつの間にか 共産主義の国 みたいな寂しい品揃えと化している。




もう少しこれが長引けば、
食べ物の奪い合いが始まってもおかしくはない。





こっ、この種モミだけは・・・!

今日より明日なんじゃ!!





という理屈が、コロンビア人に通用するかどうか・・・。
とにかく、
事態が悪化しているということは、だれの目にも明らかだった。






10日目の夜、
封鎖騒ぎがいつになく長期化したのを重く見てか、

「この騒動に 大統領と軍が介入 を決定」

というニュースが流れた。




すると翌朝、何者かによって市庁舎が 爆破された




そうする意味がまったくわからんが、爆破、されたのだ。ドカンと。




市庁舎はもちろん、幹線道路からはるか離れた町の中心にある。
むしろわしらの宿からほど近く、何とたったの3ブロック先だ。
見に行くと現場にはまだ煙が上がっていて、通りの一部も封鎖。
昨日まで開いていた店もその周辺はみんな閉まっていて、

まだ建物に向かって 石を投げている 連中もチラホラ。




それを受けてその日の午後には、

町の角という角、100mおきに 軍人が配備 された。

軍人は特に何かしてくるわけでもなく、
我々が外出を制限されることもないのだが、
町にそんなのがスタンバってるということ自体、ヤル気満々 だろ。




非常事態ともなれば、次に止まるのは電気か、水道か・・・
最悪の展開を想定して、わしは宿から歩いてすぐのネット屋に立ち寄って、
友人に簡単な状況説明のメールだけ送って、すぐに引き返した。
何かあった場合、 「わしがここに居たこと」 だけは伝えた。
今できることと言ったら、これぐらいか・・・




























つうか、

逃げた方がいいんじゃないスか・・・??




































ここまで来たら騒動の行く末を見届けたいとも思うが、
そうも言っていられない感じになってきてしまった。



つい最近観た(1999年の話です)映画「タイタニック」では、
沈みゆく船と最後まで運命を共にする船長が出てくるが、
わしゃポパヤンの市長でも市民でもなければ、コロンビア国民ですらない。
一緒に死ぬ理由がない。



RPGでも、逃げなければ進まないイベント がある。

この状況で脱出を図ろうとするのはきわめてマトモな選択だ。





そうだ

ここで逃げなきゃ漢(おとこ)じゃないっ!!













でも、どうやって?

コロンビアにはキメラの翼は 売ってない し・・・




























そう思ったところで実にタイミングよく、
同じ宿のドイツ人夫婦から朗報が舞い込んだ。




限界を感じているのは誰も同じ。

彼らは セスナ機をチャーターして

カリまで飛ぶことにしたというのだ。






地ベタを這いずり回る虫旅行者には到底及びもつかぬセレブ発想。
飛行機ッ・・・! その手があったか!!



宿のメンバーの中で唯一の「北上組」だったわしも、
1つ席が空いているからどうだ? と、そういうことらしい。
売ってたぜ、キメラの翼・・・!
40ゴールド($)なら、そこまで高くないし。



そもそもこの町に空港があることすら知らなかったわしは、
予想だにしない突然の幸運に面食らった。



「もっ、もちろん乗りまっせ!!」



ナニワ金融道に出てくる町工場のおっさん風に即答したいところだが・・・





だが・・・





この時はグアテマラで会った日本人夫婦、ヒロさん&リエさんも一緒だった。
ベリーズで溺れた時も世話になったし、
ボゴタで半年ぶりくらいに合流して、ここまで共に移動してきた。
ポパヤンでの10日間、日本語での会話を貪りまくってヒマしなかったのも、
どう考えてもお二人のおかげなのだ。その彼らを、

強敵(とも)を置いて行く というのは・・・



ぬううう。




確かにヒロさんたち「南下組」はカリへ逃がれたところで先へは進めないので、
同じ飛行機に乗る意味はあまりない。



もちろん彼らだって、
「てめーまさかひとりでトンズラこく気ニダ? 謝罪と補償を・・・
なんて思っているワケがないだろう。



だがっ・・・

自分だけ安全なところへ逃げる のは、

くっ。
漢(おとこ)的になんか 「負け」 な気が・・・




しかし、悩んだりするヒマは与えてもらえず、ドイツ人夫婦は

「いいから5分で決断してくれ」

と急かしてくる。
彼らは一秒でも早くここから抜け出したいのだ。
そりゃその気持ちも、よくわかる。




うぬう・・・




























こうなったら

「負けるが勝ち」よ。 



意味はよくわからんが、
漢(おとこ)の世界では昔からそんな便利な格言がある。



旅行者同士、それぞれ都合ってものがあるのよ。
彼らも飛行機に乗りたいのにそれを押しのけて、ってのなら人としてマズいが、
このケースは違う。
真冬に自販機の「あったか〜い」の方にコーラが売っているようなもので、
欲しがってるのはわしだけなのだ。
そりゃみんな温まりたいけど、イラネエヨという気持ちの方が強いはずだ。
遠慮する必要など、ないのだ。





COOLに行こうぜ。














COOL!!





COOL!!




COOL!!




COOL!!




COOL!!




COOL!!




わしがレンタルボディーガードのような

トリッキーな (自分にだけ都合のいい)モノの考え方をしていると、

ヒロさんは拍子抜けするくらいさわやかに



「じゃ、気を付けてね。」



と握手を求めてきた。
わし、いま心の中でアナタの掴んでるロープを切ったトコなのに・・・

こんな汚れた手を握ってくれるんすか。



いろんな意味で かたじけない。

COOLがHOTになっちまった。




無事の再会を誓い、
わしはドイツ人夫婦と共にタクシーに乗り込んだ。
空港に近づき、滑走路の隣を並走すると、フェンス越しに中の様子が見える。
そこにはイナカの空港とは思えないような

けっこうな数の軍用機 が停まっていて、

中には

ガウ攻撃空母 みたいなのまでいる。



その正面のハッチが開き、キュラキュラと戦車のようなものが出てきてた。
よく見たら戦車っぽいカタチの放水車だったのだが、

遊びは終わりだ・・・

そろそろ本気で行かせてもらうぞ。


というメッセージは十分伝わる。
ああもう、いよいよヤバい。







物騒すぎるその軍勢を横目に、
わしらは趣味でセスナを飛ばすおっさんの集まり、
「アエロクラブ」とかいうサークルの格納庫に向かう。



ドイツ人が見つけたというセスナは
奥から人力で押して運ばれてきて、プロペラを手で回してスタートした。
それを見てしまうと

やっぱり帰ろうか という気にもなってくるが、

もうここまで来たら落ちるのも飢え死ぬのも 五分五分 だろう。
おや?十割死んでる気がするが・・・まあいい。



何より

お二人の命を無駄にはできない ので渋々乗り込むと、
(一応書いておきますが、死んでません)
セスナは意外とものすごい加速で、まさに逃げるようにその場を離れた。
2週間近くも長居したポパヤンが、
騒乱で心なしか灰色味を増したように見える街並みが、
アッという間に箱庭のようになって遠ざかっていく。
そしてわずか30分後、機体はあっけなくカリの空港に着陸してしまった。




「これで、助かった・・・のか?」




そんな実感すらなく、 頭にカスミがかかったような感覚のまま、
ともかくもわしらは町に出て、宿を決めた。
カリではポパヤンの騒ぎの事など なかったこと みたいだった。

飯島愛のAV時代の話 のように、

誰もそのことに触れようともしていない。




テレビで流れるトップニュースは、それでもポパヤンの事件だった。
現場では今日、つぃに農民たちと軍の衝突が始まってしまったようで、
昼間見た戦車のような放水車と、それに向かって石を投げつける民衆。
火器こそ使用していないが、明らかな武力による闘争が繰り広げられている。




不思議なもので、画面越しに現場を眺めると、
そこで初めて、自分は安全な場所にいるのだという実感がわいた。


だが・・・





「これで、本当によかったのか・・・?」






もう「向こう側の話」となったポパヤンのニュース。
その「向こう側の向こう」に残した人のことを考えると、
わしは例えようもなくスッキリしない気分にさせられていた。
こんなモヤモヤした結末は、

エヴァンゲリオンの最終回 以来だと思った。



しかし3日後、宿で寝ているわしのところに

来るはずのない ヒロさん夫婦が、ヒョコっと現れたのだ。



驚きより喜びより、「なんで?」 が先に頭に浮かんだ。
道はまだ塞がっているし、
わしのようにプライベートの飛行機を見つけたなら、
彼らは南へ飛んでいくハズだったから。




話によると、
なんでもわしが飛行機で脱出した翌日、
物資不足のポパヤン市民に「助け舟」が出されたらしい。
ハイウェイ北側の入口だけが、補給のために2時間限定で開いたという。



食糧、燃料が運び込まれる傍らで、
町から脱出するミニバスなんかも結構出たらしく、
ヒロさんリエさんもこれに便乗。
さすがに囲まれた中でいつ来るとも知れん「終わり」を待つよりは、
逆走でも一旦、大都会のカリに逃れた方がいいと判断したそうだ。




すなわちわしもあと一晩ガマンしていれば、移動の費用は10分の1で済んだ上、
さらにテンションの上がった道ブロック現場を見学しながら通過できて
二度オイシかったわけだが、結果論というやつで・・・。



まあ自分も彼らも無事だったワケし、それ以上考えてもしょーがない。
わしは彼らと固く抱擁し、早すぎる再会に祝杯を上げた。
そして今日も相変わらずトップニュースで流れるポパヤンの動向を、
以前のように他人事モードで眺めるのだった。



すべての不安から解放され、真に平和な気持ちで迎えるハズだった翌朝。

近所の新聞社のビルが 爆破され、その音で目が覚めた。



そういえばカリはコロンビア最大の麻薬カルテルが暗躍する町。
このとき別の町・カルタヘナで行われていた
「ミス・コロンビア・コンテスト」の審査結果と、それに絡む賭博の関係で、
どうやらマフィアさんを怒らせてしまったらしい。



農民、ゲリラ、軍隊ときて、とうとうマフィア かよ。



敵が次から次と悪質になっていくんですが・・・
なんて恐ろしい国だコロンビア。



だが何より怖いのは、
爆破程度は日常になっていて一般市民が 誰も騒がない ことか。

そういえば首都ボゴタでも爆破事件が週に2件あったし、
爆発物がそんなカンタンに手に入るような環境も、また恐ろしい。




海に山に、遺跡に美女。 コロンビアには全てがある。
あっちゃいけないモノまであるから、とてもタチが悪い。




結局ポパヤンの騒乱は、それから更に2週間後
わしがコロンビアを出国した後になって、ようやく収束したという。
宿に残してきた人たちがどうなったか、今となっては知る術もないが、
あの時脱出を選んだのは、どうやら間違いではなかったようだ。




とはいえ、
南下組がめでたくエクアドルに着いてみれば、
そこでは世界最大の火山が噴火中で灰が降っているし、
ものすごいインフレで暴動が起きまくっていたそうだ。




わしはわしでこの後とてつもなくヒドい目に遭うことになる。
誰のせいってワケでもないが、
あの時ポパヤンに集っていた7人は、この後も全員が全員

”不運(ハードラック)”と”踊(ダンス)”っちまった

としか思えない、苦難満開のイバラの旅路を行く運命にあるのだった。

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