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ジッチャンの名にかけて。
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B-3 「ヒ・ミ・ツ・の…」

オルヴェリ (モルディブ)
「インド洋に浮かぶ真珠の首飾り」と形容される、美しい国モルディブ。



モルディブはその海の透明度で多くのダイバーを虜にするダイブ天国だが、
ハネムーンの聖地としても、世界にその名をとどろかせている。

わしも新婚旅行はモルディブだった。
同じ日に到着したのは、カップルが他に2組。2組ともに新婚旅行。
別に1人で来ちゃダメなわけではないが、アウェイ感はタダゴトではないだろう。
部屋の料金設定からして独りモンを拒絶している。モルディブのリゾートはそんな所だ。

1000を超える無数の小島からなるモルディブは、
現地人の島と外国人用のリゾートは完璧に住み分けられている。
「1島1リゾート」、つまり一つの島が丸ごと一つのホテルであり、
大抵の観光客は、全日程をそこで過ごす事になる。

そんな特殊性もまた、恋人たちを惹きつける要因だろう。
外界と隔絶された極上のバカンス空間が、二人だけの夢のような時を演出する(ケッ)。
人目を気にせずイチャつくには最高の条件だ。どうせ周りもカップルのみだからな。



わしらは夜中に到着したので翌朝からが実質初日。
朝食後に日本人だけ呼び集められて、簡単なブリーフィングが始まる。
1島1リゾートでは、「町に繰り出す」という選択肢が封印される。
そのぶん島での滞在を楽しんでもらおうと、様々なアクティビティが用意されているのだ。

シュノーケリングにダイビング、無人島への遠足、釣り、エステ・・・
何せ人生最高の思い出を作るためだ。みんな目を輝かせて説明に聞き入る。

どれにしようか、アレがいいコレもいい、
何を選ぶかでモメるのすらも、イチャつくためのスパイス。
どいつもこいつも戦場なら真っ先に死ぬような、緩みきったツラだ。

そんな中、隣のカップルだけはニコリともせずにパンフをめくっている。
着いていきなりケンカだろうか? 他のカップルがベタベタくっついているのに対し、
彼らは別々のイスに座って、なんだか上の空だ。カップルかどうかも怪しい。
男の方なんて、説明するスタッフの方を向いてさえいない。

この局面で何たる不遜な態度ッ!!

スタッフが何か訊いても
「別に・・・」
とでも言いたげな雰囲気。
便宜上彼らを「沢尻」と呼ぶことにするが、二人の周りだけ、明らかに空気がゆがんでいる。

みんなは嬉々として1週間分のイベントをまとめて申し込んでいく。
そんな中、沢尻夫妻は結局一つも決めることなく、その場を後にした様子だった。



以後、遠足やらシュノーケリングやら、もう一つのカップルとは、よく行動がカブった。
話もするようになったし、微妙な連帯感みたいなものも芽生えたろう。

しかし、沢尻夫婦とは一度もアクティビティが重なることはなく、
それどころか、彼らを島内で見かけることさえなかった。
1周するのに30分も必要ないような島だ。
チラっと現れたってよさそうなものなのに、どこにもその姿が確認できない。

朝食も夕食も全員同じ場所で、同じ時間にビュッフェだ。
だから会わないほうがおかしいのに、なぜか会わない。

散歩さえせず、ずっと部屋に引き篭っているのだろうか?それとも帰っちゃった?
考えると気になって、つい探してしまう。どっかにキミのかけらを。
こんなとこに居るはずもないのに。

「そういえばあのヘンなカップル、見ないねえ。」
わしが気になっていた事をヨメまで口にし始める。
もはや我々のハネムーン最大の関心事は、謎の夫妻の動向で支配されつつある。

何日かして、
ヨメがエステの予約を確認しに行くと、
隣のヘアサロンで、とうとう沢尻を発見した。
後ろ姿だがアレはそうだろう。
一言も口をきいていない赤の他人を発見して、これほど嬉しかったこともない。

傍らに吊り下げてあるのは・・・あれ?
ウェディングドレス・・・か?

そういえばその日の午後、どこかのカップルが島で式を挙げると言っていた。
アレは、沢尻のことだったのか・・・。

「結構楽しんでるんだな。」

その時はそれだけ思って、特に祝福する気もなく海へ出かけたのだった・・・。


夕方。
そんな他人の挙式のことなど完全に忘れて、食事をとりに外へ出る。

と、2つ隣の水上コテージのまわりに人だかりができている。
ほとんどは上下白の衣装。このリゾートのスタッフたちだ。

コテージの目の前には、ヤシの葉や花で飾られたゴルフカートが待機中。
それを見てようやく思い出した。そういえば沢尻の挙式だった。

島が丸ごとホテルというのは、こんなときに強い。
ここオルヴェリで挙式したカップルは、あのカートに乗って島じゅうをパレードできるのだ。
ゲストは全くの他人だが、居合わせた縁で誰もが無条件に祝福してくれるだろう。
その瞬間だけは、自分たちが島の王様だ。
心のないわしでさえ、こういうときに拍手を贈る準備はできている。



海外挙式というと青空の下でさわやかに、でも新郎はタキシード暑そうね!!
というイメージを勝手に持っていたのだが、すでに食事時の夕方。
日は完全に傾いていて、間もなく電灯が点く頃だ。
新婦が日焼けするのを嫌ったのだろうか?
ならば今こそ頃合なのだが、部屋の中にいるはずのカップルは、なかなか外に出てこないようだ。


雑用のスタッフはともかく、そういえば神父も外で待機している。
式って、あっちのチャペルでやるんじゃないの?
本当はもっと明るいうちにやるつもりだったのに、来ないから迎えに来た。そんな感じだ。
いつもは心地よい夕暮れ時のしっとりした潮風が、今日はやけに強い。
みんなの苛立ちを代弁するかのように、足元の浅瀬に荒々しく波を立てる。

手近にいたスタッフに訊いてみると、もうずいぶん長いこと待っているという。
なんでも急に新郎が 「外はイヤ」 と言い出したそうで、
準備したスタッフも大混乱なのだそうだ。

「何日か見てるけど男の方は笑ってるのを見たことがないよ。イカレてんじゃないの?」
モルディブ人のスタッフが、なぜかわしに向かってそう言う。

お国柄の違いこそあれ、仮にもここは高級リゾート。
スタッフが客の悪口を公然と口にするなど、絶対にあってはならないことだ。
だが、言わずにおれんくらい迷惑をかけられているのだろう。
確かにこんなリゾートで笑顔のない客なんて、扱いに困るに違いない。
ラーメン屋に入ってきて、「カレーじゃなきゃ食わん!!」 とダダをこねられるようなもんだ。


もう待ちきれなくなったか、待機していた神父が、単独でコテージに入っていく。
どうやら部屋の中で、そのまま式を挙げることにしたらしい。
周りを取り囲む白装束の人だかりを押しのけ乗り込んでいくその姿は、
まるで立てこもり犯を説得に向かう、キン肉マンソルジャーのようだ。
人質の花嫁は、いったいどんな気分なのだろう・・・。

コテージのドアは開いてはいたが、外からは様子を伺うことはできなかった。
ともかく式らしきものは行われる感じになったからか、
恐らくは祝福要員で周りを囲っていたスタッフも、ゾロゾロ2人、3人と散っていく。
飾り立てられたゴルフカートは、結局主人公を乗せないまま退却していった。

「日本人は変わってるね。」
さっきのスタッフも、それだけ言い残して夕闇に消えていった。

かくして、誰の目にも触れぬまま、
前代未聞のシークレット結婚式は執り行われた・・・のである。多分。



身内だけで、こじんまりと式を挙げるカップルは多い。
誓いをたてるだけなら、確かに見物人は必要ないだろう。
でも、それって海外まで来てやることなのか? つうか、直前まで準備してたんじゃないの?
X JAPANも真っ青のドタキャンぶりだ。
オルヴェリの人の日本人に対するイメージも、確実に変化があったことだろう。


わしらはこんな遠くの美しーい島に来て、ゆっくりしてウマいもの食って、
「なんて贅沢な時間を過ごしているのだ」 と満足しきっていた。

しかし、同じ舞台にモンスターがいたことが、我々の不運だ。
彼らは我々の贅沢気分をあざ笑うかのように、いともあっさりその上を行った。

こんな南の島まで来て、ドレスやヘアメイクまで頼んで、
アレだけたくさんのスタッフを動員しながら、結局誰にも見せることなく式は完結するのだ。

高級玉露の一番茶か、皮しか食べない北京ダックか、彼氏もいないのに勝負パンツか・・・
いや、丹念に積み上げた何かを土壇場でブッ壊すという点では、
これほどの贅沢は、古今例を見ない。


さらに、聞いたところによると、
あの式は後日 「やり直し」 まであったそうだ。
実は被害者と思っていた奥様の方もドレスや髪のセットがお気に召さなかったそうで、
何もかもをイチから、と、強硬に主張したらしい。

ジャンケンじゃねえんだから、「今のナシ」 って・・・

ロックすぎる生き様に脱糞しそうになる。
みんなは夫の方を狂人扱いしていたが、さすがにその妻、超高校級の怪物!!
奇跡が生んだハイパーメディアクレーマー夫婦。
戦闘力10万・・・こんなやつもいるのか。

でも、ダンナは外に出たくないんじゃないの?
「やり直し」 とやらは外で?また中で??
今度もみんな集めといて急にやめちゃうのか? なんか狼少年みたいだ。
いずれにせよ、滞りなく行われたとは到底考えられない。さぞやイバラの挙式だったろう。


まさかの 「シークレット結婚式・リターンズ」・・・
見てもいないわしらがなぜそれを知ったかというと、
夜バーで二人で飲んでいるとき、日本人スタッフが割り込んできて語ったからだ。
客にグチるとは、よほど困らされたのだろう。

それでもさすがは世界有数のリゾート。
そんな無理難題にも、ムチャクチャなわがままにも、結局すべて対応してくれたのだから、
これは見事と言うほかない。
遠浅の海とは真逆に、モルディブ人の懐の深いこと。
その寛容さも、旅人を惹きつけて止まない魅力だ。



本当に豊かというのは、こういうことさ。
かりそめの高級ムードに酔うわしら庶民に、彼らは身をもって教えてくれたに違いない。

あの夫婦は、今もカップルで居てくれているだろうか?
それもまた、彼らだけの秘密である。


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