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ジッチャンの名にかけて。
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6-1 「アレが来ない!!」

トリポリ( リビア)

「アレが・・・来ないの。」



言われると、 「ギョッ」 としますよね。
付き合ってる彼女や不倫相手には、言って欲しくない言葉No.1。



言われた瞬間の背筋の寒さより、ツライのはむしろその後。
数時間、長ければ数日間、運命の行く末を、ひたすら祈りながら待たなければならないのだ。


「ネットの一番上にはじかれたボールがどちらに落ちるのか」 を見守る、まさに 「審判の時」。


結果がどうあれ、その 「待つ時間」 にこそ、味わい深い苦悩がある。
焦燥、後悔、絶望など、あらゆる負の感情が交錯する。耐え難い拷問だ。



いっそスパっと、「じゅもんが ちがいます」 とか言われた方が、
まだ諦めが付くし、はるかに気がラクだ。
男子をなぶり殺すには、これほど効果的な言葉も無いんじゃないかと、わしは考える。




で、今回はそんな話。
「アレが・・・来ないの。」






・・・荷物が。







わしはリビアという国で、「1人ツアー」 を組んでいた。


リビアはガイドを付けないと旅行ができない国。
そして、巨大な国なので、町から町へは地元の人もよく飛行機を利用する。
幸いというか、リビアは産油国ゆえ、飛行機代は結構安い。
ツアーを効率よく進めるため、飛行機移動はわしの予定にも4回あった。




その日は火曜日。


翌日、世界遺産 「セイリーン(キュレーネともいう)」 を見学予定だったわしは、
首都トリポリから、第二の都市ベンガジへ飛行機で飛んだ。



もうリビアの国内便も3回目になるので慣れてはきたが、
案内の看板、アナウンス、チケット、全てがアラビア語なのは、何回乗っても不安なものだ。


まあそれでも飛行機は無事、ベンガジ空港へ到着。
飛行機に乗るときはいつも、ツアーに参加している証の、オレンジ色のファイルを持たされる。
空港では現地のガイドが勝手にそれを見つけて寄ってくるので、
特に探さなくても自動的に迎えが来る、といったシステムだ。


今回も先に向こうが気づいてくれたので、軽く挨拶をして、立ち話をしながら荷物を待つ。
飛行機は少し遅れたのでもう深夜1時。
予定通りなら、明日は朝8時に出発だ。
サッサと荷物をピックアップして、サッサと寝てしまいたい。
夜中に到着という状況が毎日続くので、リビアツアーは寝不足が基本だ。



ところが、ヘラヘラ談笑しながら他人が荷物を拾っていくのを見送るうちに、
ちょっと違和感を覚え始めた。
いつまでたっても、わしの荷物だけが出てこないのだ。 いくらなんでも遅すぎる。


ガイドが空港職員に確認すると、荷物はこれで全部だという。
・・・ホントにわしのバックパックだけが、無い。
おいおい。





飛行機に荷物を預けると、クレーム・タグという小さなシールを航空券に貼り付けられる。
万一荷物が無くなった時にコレが手がかりになるワケだが、
「こんなもん使うことあるんかい」 と思っていたら・・・あったよ。



看板が読めないのでガイドに案内されて、
生まれて初めてバッゲージ・クレームとやらに行ったが、
行ったからってすぐに 「ああコレですね」 と荷物が出て来るワケではない。


まずはわしの荷物が 「無くなった」 事を知らせたのみで、 「探す」 作業は明日以降とのこと。
夜中1時、最終便で到着したのが災いして、荷物がトリポリに残されているか否かさえ、
もう遅すぎて確認ができないというのだ。


わしゃ明日1日観光して、夜また飛行機でトリポリに戻るんだぞ。
トリポリかベンガジか、どっちに荷物があるのかって、結構大事な問題なのだが・・・。



「マジかよ・・・」



まさかこんなことになるとは1ミリも想定していなかったので、微妙に困ったことになった。
無くなったバックパックにはPCや現金が入っている。
それだけならまだしも、
デジカメの予備のバッテリーと充電器、コンタクトレンズも向こうに入っていたのだ。


荷物は待ってればいずれ出てくるとしても、それ系は今すぐ手元に無いと、旅行に差し障る。
しかも、 「旅の序盤にデジカメの電池がどのぐらいもつのか実験しておこう」 と思って、
今のバッテリーは一昨日 「残量1」 になってからも、放置してギリギリ感を楽しんでいたのだ。


「結構もつもんだなあ」 と感心していたが、やるんじゃなかった・・・。
間違いなく、明日の観光中に電池は無くなるだろう。
よりによってこんな時に・・・。


不幸ついでに、わしは 「1日使い捨て」 のコンタクトレンズを、数日つけっ放しにするクセがある。
その時も3日ほど装用し続けて、そろそろ目ヤニが溜まってきたんで替えようかと思っていたのだ。
よりによってこんな時に・・・。


死中に活と言おうか、満タンの予備電池が1個と、
使い捨てのコンタクトは3個、手元にある。
明日、明後日くらいは何とかなるだろう。
だが、万一荷物が見つからない場合は・・・? 発見に何日もかかったら??
考えただけで肛門がカユくなる。



当てつけのように、今日案内されたホテルは5ツ星の超高級ホテルだ。
本当ならここでバシっと充電もして、着替えて、
用も無いのにプールで泳いじゃったりするところだが、
今は水着どころか着替えも、歯ブラシさえも無いのだから、何一つサッパリできる要素が無い。


辛うじて備え付けてあった、5ツ星の割には粗悪な石鹸で体を流し、とりあえず寝る。
考えても仕方が無い。
いまわしにできることは、マジで寝ることくらいしかないのだ。








水曜。




その日の観光は予定通り行われたが、気持ちの中は正直それどころではなかった。
身内が死んでるのに 「ファンが待ってるから」 とか言ってステージに上がるアイドルって、
こんな気分だろうか。
楽しむ気分には到底なれず、脳内の9割20分は荷物のことで充満している。


「12月の雨期にしては奇跡的な大快晴だ」 とガイドは言うが、
それって運がいいのか悪いのか・・・微妙すぎて全くテンションも上がらない。


昨日もそうだったがベンガジのガイド・モハメドは、
とにかくわしのスケジュールを消化することだけに熱心で、荷物にはあまり真剣でない様子。


今日も朝イチで空港に確認に行くのかと思いきや観光が先で、
「どうせ夜、空港に行くからその時訊いてみよう」 と、他人事だからか悠長な感じだ。


で、その 「どうせ夜」 に空港に行ってみたのだが、やはりわしの荷物は届いていないとの事。


リビアの空港にも 「遺失物預かり所」 みたいなものはあり、
そこを見せてもらったのだが、本当に無い。


恐ろしいことに、「消えた荷物」 は何百という単位で牢獄みたいなオリに転がっている。
こんなに失くすのかよ・・・とある意味感心してしまうが、
どこをどう探しても、あの特徴のあるワイヤーで覆われたバックパックは、
影もカタチも見当たらないのだ。


1日待ってもベンガジに届いていないということは、もうトリポリに残されていると考えるほか無い。
このあとベンガジに届けば最悪の入れ違いってことになってしまうが、
悪い方に考えても仕方が無い。きっとトリポリにあるに違いないのだ。


第1の可能性が消滅したところで、わしはしぶしぶ飛行機に乗って、トリポリに戻った。
そしてトリポリの空港でわしを迎えたガイドの言葉は


「悪い知らせだ」


だったのだ。







もう、最悪だ。



トリポリに到着してすぐ、ガイドのイブラヒムはいかにも申し訳なさそうに話し始めた。
彼は連絡を受けて先ほどトリポリ空港に2つある 「遺失物預かり所」 も両方チェックしたが、
わしの荷物は無かったと言う。 ホントに悪い知らせだ。


本人が確認した方がよかろう、と今度はわしも一緒に連れて行ってくれたが、やはりどこにもない。


ヘコまされた上に、自分の目で、悲惨な現実を確認させられただけだった。
わしの荷物は、本当にどこかへ消えてしまったのだ。



一体、どうなっている・・・?



乗り継ぎを何度もしたとか、聞いた事も無い遠くの国から飛んできたとかならまだわかるが、
国内便ですよ、これ。


しかも、リビアに国内便の路線は3本しかなくて(上の図参照)、
トリポリから出てるのはベンガジ線、セブハ線の2本のみ。



どこをどう間違えたら荷物が消失なんてことが起こるんじゃっ!!



日本だったら、そりゃあ大事(おおごと)になるぜ。
「大変申し訳ございません」 と、
然るべき立場の人が菓子折り持って自宅に謝りに来るレベルの大問題だ。


ところが、
荷物をなくしやがったファッキン・ファック・リビア・ファック航空の対応はサラッとしたもので、


「うーん、届いてないねえ。」


「ベンガジにもない? そうかそうか。 じゃあ誰かが間違えて持っていったのかもねえ。」



・・・・そんなことはわかっとるんじゃっ!!



誰が今の状況を説明してくれ、と言った?
わしが聞きたいのは、 「で、どうしてくれるのかい?」 というところだろうが。


@「ごめんなさい」
A「探します」
B「弁償します」


と、企業なら当然出て来るハズのホップ・スッテップ・ジャンプがっ、
イヤ人として当たり前のハズの@さえもが・・・




なんで一言も出てこないんじゃああああああああああああああああ!!!!




恐るべし、謝らない文化 の国。



こうなるとAやBはハードルがあまりにも高すぎてイシンバエワでも超えられまい。
リビアも所詮アフリカか・・・人間は今まで行ったどの国より素晴らしいが、
システムは小学生が作ったみたいにお粗末だ。
よりによってこんな国で、とんでもないことになった。



昨日の時点では 「まあベンガジかトリポリ、どっちかで見つかるだろう」 とタカをくくっていたが、
どっちにも無いとなると、話は全く違ってくる。
事態は1000倍くらい深刻だ。


盗まれたんだとしたら事件だ。警察に行って証明を取らなければ保険が降りないし、
観光だって、もう予定通りというわけにはいかない。
いずれにせよ 「無い」 のだったら、買い直さなければいけないものも、沢山ある。



「買う」 で思い出したが、
あの中に入れてあったかなりの額の現金も、全てなくなったということだ。


今どき海外旅行に 「多額の現金」 を持って歩く旅行者は少ない。
しかしわしは、T/Cの使えない国、ATMも無いような国、
そしていつ強盗に襲われてもおかしくない国、そんな所ばかり行ってきたので、
「現金を持ち歩くけど極力身につけない」 という変なクセが付いていたのだ。
アフリカがっ・・・こんな場面でもわしを陥れるとは!!


今更だが、手元を離れるような荷物の中に、
PCや大量の現金を入れることの愚かさが骨身に沁みてわかった。
今度からは必ず身に着けよう、と思ってはみても、もう身に着けるモノがないのだから遅すぎる。



まさか、まさかだったが、2夜連続で荷物なし泊。
着替えなし。歯ブラシなし。また深夜到着ゆえ買う事もできず。
大名ツアーのハズなのに、なんでこんな目に遭わにゃあならんのだ・・・。


油断していてどこかに置き忘れたとか、襲われて盗られたとかなら、まだわかる。
そりゃ自分に 「甘い」 部分があって、そこを突かれたのだから、反省もするだろうよ。


だーが!
このケースは、わしに責任らしいものは一片もない。
預けた荷物を失くされるなんて、どうやっても自分では防ぎようが無いじゃないか。
したがって、後悔に打ち震えたくても、悔やむポイントがどこにも見当たらないのだ。


やり場のない怒り。
いや、怒る相手が 「ちくわ」 みたいなもんだから、ぶつけ甲斐がなくてストレスのみが増幅する。



今後わしはどうするべきなのか?
またもホテルはムダに高級な、えらく居心地のいいホテルだ。
だが昨夜とは打って変わって、今夜は考えなければいけないことが山ほどある。



全部無くなったのなら帰国、と考えるのが普通だが、
幸か不幸か、小分けにして隠し持っていた現金が、まだ1,000ユーロぐらいはある。


帰りのチケットだって、日付が固定されているだけで、待ってれば使えるのだ。
当初の予定ではこの後チュニジアで3週間過ごして帰国。
最低限、旅に必要なものを買い足したとしても、
そのぐらいあれば、なんとかなってしまいそうな額である。



「帰国」 か? 
「続行」 か?



ヘコんだ気持ちが 「きこっ・・・」 の選択肢を掴ませようとしてくるが、
ここで帰ったらマジでカネを捨てにきただけだ。 その記憶だけが、生涯残るだろう。
焼き土下座の得意な利根川さんが 「金は命より重い・・・!」 と言っていた。
しかし、旅の思い出は金より重いんじゃないか・・・?



異常者レベルのポジティブさで考えるなら、これは、
「強盗とかに襲われて全てを失ったとき」 の、格好の練習試合みたいなもの。
ここをどう凌ぐかで、ピンチの対処法が学べると思えば、逆にチャンスとも考えられる。



「練習」 で済ますには失った額があまりにもデカすぎるが、無いものは無い。しょーがない。
そして、だからって弁償的なものも全く期待できないし、
待ったり悔やんだりしてムダに時間を過ごすよりは、
旅を続けて物語を展開させていった方が、はるかに建設的で楽しいだろう。




・・・続行決定。
ひとまず、 「これからやるべき」 と考えたのは以下の通り。



@ まずは、当面必要なものを、最低限揃えないといけない。
歯ブラシにハミガキ、着替え。あとコンタクトレンズか、最低でもメガネは作らないとダメだな。
バッテリーが切れたら、充電器はリビアじゃ手に入らないだろう。
そうすると乾電池式のデジカメでも買わないといけないか。


A そして、紛失にせよ盗難にせよ、事件として証明してもらえれば、
帰国後に保険が請求できるはず。 てことで警察にも行かなければ。


B さらに、
待っていれば荷物が出て来る可能性も、ゼロではない。
だが、ここにも立ちはだかる壁があった。
わしのビザは、あと1日半、金曜の午後で切れてしまうのだ。


万一わしが出国してから荷物が見つかったとすると、それってどうなっちゃうの?
住所を渡しておけば、国際郵便で自宅に届けてくれるんだろうか?
・・・国内便さえ満足に届けられないヤツどもに、そんな高等技術、全くもって期待できない。


ならば、万一荷物が出てきた場合、受取は日本大使館にお願いして、引き取っていただこう。
そして、着払いでも何でもいいから送ってもらう方が確実だろう。
それをお願いするために、大使館へも行かないと。


荷物が3日後や4日後という微妙なタイミングで届く状況になったら、
ビザの延長という選択もありうるだろう。
その時も、こんな特殊な国では日本大使館の協力が必要かもしれない。




以上@AB。
翌日がビザのリミット、かつ、イスラム的休日の金曜ということを考えると、
明日木曜はけっこう忙しい。
ホントはトリポリ最大の見所 「ジャマヒリーヤ博物館」 を見学予定だったのだが、
今はローマ時代の彫刻なんかより、歯ブラシ・ハミガキのほうが白くて大事なのだ。








木曜の朝、迎えに来たガイドのイブラヒムに相談すると、
開くのが早い順に B → @ → A と行くことになった。
警察が一番最後に開くというのもおかしな話だが、最後まで希望は捨てないという、
そんな意味も込めてらしい。


わしが既に覚悟しているというのに、イブラヒムはまだあきらめていないようだ。
B と @ の間に 


C 「もう1回空港に行って確認する」 


という作業を組み込んでくれて、むしろわしよりヤル気満々な様子。



昨日、車の中で
「リビアはいい国だと思ってたけど、この件で180度印象が変わったぜ!!」
と怒り狂ったのが効いたのだろうか。


いつもは何かしらジョーク混じりに切り返してくるイブラヒムが、
それを聞いて悲しそうに黙り込んでしまったことに、わしは気づいていた。




リビアツアーのガイドは行く先々で毎日のように変わるが、
イブラヒムとは月・火とガダメスまで往復16時間のドライブをしたので、
その間にいろんな話をして、気心も知れていた。


彼はガイドとしてたいへん優秀で、
食事は 「アレが食べたい」 と言えば結構ムリしてでも叶えてくれるし、
「手紙を出したい」 だの 「スーパーに行きたい」 だの、
予定表に無いリクエストを突然しても、上手にスケジュールに組み込んでくれる、いい奴だ。


大人しい旅行者には敢えてあまり話しかけずにそっとしてあげたり、
下ネタがOKとみればガンガン飛ばしまくって盛り上げたりと、
相手のタイプによって対応を微妙に変化させるような融通も利く。
これはホントかどうかわからんが、たとえ客が女の子1人だったとしても、
少なくとも観光の間は、絶対にそっち方面の雰囲気は作らないことにしているらしい。


「お客様を喜ばせるために、ベストを尽くす」 ということが、自然にできる男なのだ。
そこらへんの国のインチキ案内人とは違う、ガイドのプロフェッショナル。
わしにしては珍しく、彼には全幅の信頼を寄せていた。



その彼があきらめていないのなら、まだ何とかなるのかもしれない、という気持ちが生まれた。
こんな言葉も通じない国で、なんたる不幸。 と思っていたが、そうではなかった。
彼のような優れたガイドが、少なくともあと1日は味方してくれるのだ。
これは、 「希望」 という言葉以外の何者でもなかった。





まずは B 「日本大使館へ行って」 みたが、
結論から言うと 「大使館ではそのような業務は承れない」 という冷淡な回答だった。
いきなり退路を断たれた感じだが、そんなことで大使館を逆恨みしても仕方がない。
むしろ偶然にも職員の方が同じ高校出身だったので、僅かにテンションが上がる。
失うものが何もないと、こんな事で運が向いているような気になるから、ありがたい。



やることはまだまだあるので、続いては C 「もう一度空港へ行って確認する」 だ。
やはり今日見ても、結果は同じだった。
2つある荷物置き場の2つとも、やはりわしの荷物は無い。



だが、今日のイブラヒムはココからが違う。



「発見から10日以上経った荷物は1km先の別の倉庫へ移動する」 
という情報を聞き出し、そちらもチェック。
まあ思ったとおりそこにも無かったのだが、少しでも可能性のある事は、手当たり次第試す。
今日の彼の仕事は自分の中で 「荷物を探し出すこと」 なのだろう。
さすが徹底したプロ。 客を満足させるために、いつでも全力投球なのだ。



そうやって頑張れば頑張るほど可能性の芽が摘まれていって絶望も近づいてくるわけだが、
ココまで来たらやれることは全てやるしかない。



ベンガジの空港もあちらのガイド・モハメドに依頼して、再度チェック。
トリポリからの国内便はセブハという、わしも往復乗った砂漠の町にも飛んでいる。
もしかしたら間違えてそっちの空港に届いているかもと、
セブハの砂漠でお世話になったガイド・アフメットにも連絡して、空港を見てもらう。


ベンガジ、セブハと、今までの登場キャラが全員でわしの荷物を探してくれているのだ。
元気玉に協力してもらっているような気分。
結局それでも荷物は見つからないのだが、懐かしいみんなが力を貸してくれているだけで、
なんだかマンガの最終回みたいで、ちょっとウルっとする。




「もう、いいよ。 みんなよくやってくれたよ・・・」




その気持ちだけで充分、いい思い出ができた。
やや満足すらしているわしに対して、イブラヒムはまだあきらめない。


もう何度も通ったトリポリ空港のバッゲージ・クレームの職員に
何事かを細かく聞き出していたのだが、わしの方を振り返ると奴は



「よし、社長に会いに行こう」



と言い出したのだ。




・・・シャチョサン、ですか?
社長って・・・もちろんファッキン(略)リビア航空の、である。


空港の職員など、所詮下っ端。ワキ役。GM&ボールだ。
こういうのは責任者と話をするのが一番いい、そう判断したのだろう。


「責任者」 がいきなり社長という発想もスゴいが、
会わせろと言ったらすぐ会えてしまうってのも恐ろしい。
リビア航空って、規模は全く違うけど日本で言えばJALですぜ。


リビア航空のオフィスはトリポリ空港のすぐ近く。 社長はそこに居た。


社長はさすがにパリっとした紳士で、荷物の話をすると、空港関係者の中では初めて
「それはかわいそうに」 
みたいなそぶりを見せた(それでも謝りはしないが)。
やはり今までのザコとは、ひと味ふた味も違うようだ。



脈ありと見たか、イブラヒムの交渉が始まる。



(以下アラビア語を想像で翻訳)

「きさまが社長か」


「そうだ。」


「退けぬか。」


「退けぬ。」


「どうあっても退けぬか!」


「社長のさだめ 退けぬ!」



・・・数分、闘気みなぎる会話が続く。
わしはもう、わけもわからず木人形(デク)のように見守るほかなかった。


会話の途中で、社長はいきなりどこかに電話をかけ始めた。
携帯とオフィスの電話、それとイブラヒム。
トリプルで同時に会話しているので、ふざけているようにも見える。


真剣な空気はこれっぽっちもなかったが、ちゃんと仕事をしているらしい。
イブラヒムによれば、3つある空港のそれぞれの責任者に電話をしているとの事。
社長から空港ボスへのホットライン。
ここで初めて、 「荷物を探す」 という行為が具体的に行われたのだ。




「「必ず見つけ出せ」 って言ってるぜ」 




イブラヒムが訳してくれた瞬間、涙が出そうになった。


国営企業の社長みたいなお方まで、オラに元気を分けてくれるなんて・・・
冷静に考えたら企業として全くもって当然の対応なのだが、
そのときは感動で鼻水が垂れたのだ。


社長の側近みたいな人が英語を話せるので聞いてみると、
リビアにはもう一つ、ブラク航空という私営の国内便があって、
そこの荷物と混ざってしまうことが結構頻繁にあるんだそうだ。


そして、実はベンガジ空港には 「遺失物預かり所」 が3つあるらしく、
リビア航空、ブラク航空、そして国際線のアフリキヤ航空と、
それぞれ独立して荷物を保管しているというのだ。


わしらはまだリビア航空のところしか見ていない。
あるとしたら、残り2つのどちらかにあるんじゃないか・・・と。



・・・それを早く言えって!!



あとはブラク航空の回答待ちなのだが、まだ午前9時過ぎ。
ベンガジの空港はまだ稼動していないのだろう。時間がかかるということだ。


とりあえずわしとイブラヒムは社長の携帯番号だけ聞いて、その場を後にした。


とりあえず、人事は尽くした。
疑り深いわしはそれでもダメな可能性のほうが高いと思ったので、
町へ戻って @ 「買い物」 をしなければならなかったのだ。







イブラヒムの携帯が鳴った。


時々かかってくる電話は全然関係ないガールフレンドからの電話でイラっとしたが、
その時は口調でわかった。


「ナアム?  ナアム!?」


アラビア語が全くわからないわしでも、それが 「イエス」 の意味だというのは知っている。
一応、英語で訳してもらえるまで期待しないように心の準備をしていたが、やはりイエス。



荷物が、見つかったのだ。



結局、社長の側近の言うとおり、ベンガジのブラク航空の荷物置き場に紛れてあったんだそうだ。
でも、記録によると今日(木曜)の朝に入ってきたとのこと。


荷物が消えたのは火曜の夜中だから、 謎の 「空白の1日」 があることになるが、
この際、見つかったのならどうでもいい。



発見のタイミングも良かった。



歯ブラシ・ハミガキを買い揃え、
ちょうど1軒目のメガネ屋で、 「使い捨てコンタクトは置いていない」 と断られたところだったのだ。


あと数時間連絡が遅かったら、コンタクトと余計なダサいTシャツやパンツ、果てはデジカメと、
高価なムダ遣いをしてしまうところだった。


何もかも絶妙に素晴らしい。 これってやはり運がいいのだろうか。
とにかくわしの荷物が 「ある」 ことだけはわかった。
それだけで、全裸とパンツ一丁ぐらい安心感が違う。




しかし、まだ油断はできない。


荷物は 「ある」 が、まだベンガジに、だ。


それをトリポリまで運ばなければ解決とは言えない。 その時また何かあったらどうする・・?


当然のようにわく疑問を、さすがは社長、想定済みだったらしい。
荷物の再運搬に関してはベンガジ空港の責任者に直接電話を入れて、
「お前が直々にやれ」
と命令しておいてくれたそうだ。


エラい人を通すと、こんなに話が早いものか。
いや、エラい人を通さないと、何も動かないと言った方が正確かもしれない。


「問題」 が起こっても、「解決」 する習慣がないのだろう。
こういう国では探偵モノは流行らないんだろうなーと、
ようやくその時になって、つまらない事を考える余裕が心に生まれていた。







結局話は午前中に決着がついたので、午後は不安ながらも予定通りに観光を消化。


そして夜、その日最も早いベンガジ→トリポリ便に載せられ、
ついにわしのバックパックが手元に度ってきた。




リビア出国まで残り12時間・・・。
ホントにギリギリでのカムバック。


各地のガイドや空港職員、はては国営企業のトップまで巻き込んでの大捜索。


自分の持ち物が戻ってきただけなのに、なんでこんなに感動してるんだろう。


冷静に考えると40時間以上も不便かつ不安を強いられた上、
貴重な観光の機会をツブされただけだ。 本来、怒るべき場面だろう。
だが、結果ノーダメージのトラブルという、旅には最高のスパイス。
あの雄大な砂丘より、美しい世界遺産の遺跡より、
リビアで一番感動したのは、他でもないこの瞬間だった。


イスラム国家では全く盛り上がっていなかったが、ちょうどその日はクリスマス・イブ。
緊急の赤いタグを付けたそれは、
よい子にしていたわしへの、サンタさんからのプレゼントにさえ見えたのだ。


ベルトコンベアで流れてくるのを待ちきれず走って迎え撃つと、
わしは人目もはばからず、バックパックを抱きしめてキスをした。
人間同士でも人前では 「しない国」 だ。
その姿は警察を呼ばれるほど気色悪いものだったろうが、
わしは生命を持たぬ相棒をシコシコとさすりながら、愛の言葉を囁き続けた。





清潔で快適な高級ホテル。
1日3食、ガチョウを太らせるかのように出て来る大量の食事。
待ち時間なし、動き放題のマイカー移動・・・


「ツアーは何不自由なく話が進んで物足りない」
と思っていたが、いや、こんな事になるなら物足りない方がいいわい。


結局何事も無かったのと同じだからこうやって楽しげに書いているが、
その瞬間の気分といったら、まさに 「アレが来ない」 って言われたときのそれだったから。


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